鳩村もしくは夕凪ツナギの昼食
様々なピクニックシチュエーション演出が売りのサンドイッチオープンカフェで2人はランチタイムをした。
芝生や花が咲く丘に敷物を敷くオーソドックスなものから、庭園の中の東屋、薔薇のアーチの下のベンチ、二人掛けのブランコ、ツリーハウス、水辺の畔、舟の上など好きな場所を先客がいない限り選んで楽しめるテーマパークといってもいい規模の店。雨が降ったら霧のような布が施設全体を覆い、風を取り入れながらも雨を遮断する仕掛けがある人気の店だ。
自然な換気と心安らぐ演出に加え、サンドイッチの味も絶品で申し分ない。しかも、懐に優しい値段設定はめいっぱい頼んでも1人分1000円もいかない。2人は家への土産のテイクアウトも頼んで敷物越しの芝生の感触を楽しんだ。時間が半端だからか広い芝生スペースには転々としか人影は見えない。注文した品はドローンが届けに来る。
ツナギの指が無意識に敷物を叩いた。
「ツナギ、なんか気になっていることある?」
「そういう顔してた?」
「そういう顔してた」
そうかもしれない。気になることは後から意識に上がってくるものだ。幼馴染のアイラとのやり取りを経て盛り沢山だった初登校の興奮や疲れを宥めて良くも悪くも緊張が緩んだのだろう。話せば少しは変わるだろうか。
「さっき、注意してほしいって言った先輩」
「喜王?」
「その人がちょっと変なこと言ってたなって今頃気になった」
「変なって……何を言われたの?」
「んー、僕の名字。夕凪って何かあるのかな?」
「夕凪は……お母さんの名字だよね。他には何か言ってた?」
「夕凪、奥園、唐崎、清野、雪乃をモルモットにしたいとか」
「モルモット!? 何それ! ツナギにそんなこと言ったの、その先輩、その男!?」
「アイラ、その男って」
「その男でも十分よ! 最低!」
アイラの怒りのスイッチを押してしまったようだ。ツナギは困ったように眉を少し寄せため息をついた。その様子を見てアイラは自分の気持ちを抑え込むように拳を震わせながら何度も深呼吸を繰り返す。
「すごく、すごくムカつくけれど、私が怒るとツナギが困るから、我慢する」
「ありがとう」
「……異能開花研究学専攻、なんだよね。私と同じ」
「そう言っていた」
沈黙が落ちる。アイラの眉間にしわが寄っていたが、とりあえず様子を窺う。万が一自分の危険を省みないことを考えていたら止めるけど、冷静な名案を口にすることも多いから。さて、今日はどっちだろう。
「能力開化の背景、発現の条件、新たな能力の研究のためと仮定すると、一般的じゃない背景、能力の記録がある人物の中にツナギの名字が関係している。3年生なら独自研究がかなり進んでいてもおかしくないはず……ツナギ、気になる?」
気になるといえばアイラは危ない方へ進むだろうか。けれど、気にならないといえば嘘になるし、ついでに言えば嘘はバレる。
「気になるけど、アイラがあの先輩に関わるのは嫌だ」
「関わらないようにはするけれど、研究過程で重なる可能性は……あると思う。だから、ちゃんとシールド使う。もし何かがわかったら報告する……ダメ?」
最後に不安そうに見上げてくる幼馴染の頭に手を置いた。そんなに気にしなくていいのにと思う反面、その気遣いがうれしい。誰かを傷つけないためには大嫌いなシールドを使うことに迷わない。
「僕も何かわかったら教えるよ。あくまでもアイラの研究協力として」
「お互いに協力体制、だね」
ちょうど良くドローンが近付いてくる音がする。2人が同時に見上げれば3基のドローンがサンドイッチの入った袋をゆらゆらさせながらも絶妙なバランスを保って降下してくるのが見えた。
『クリームチーズ・マスカルポーネのベリー3種と柑橘、アボカドスペシャル、グラタンサンド、和風サンドの海苔たま、カツサンド3種、紅茶2つ、テイクアウト当店お薦めパック(L)2つです。お待たせしました』
機械相手に律儀に礼を言って受け取る。冷たいもの、温かいもの、テイクアウトを分けて来たドローンはプログラミングされている規定通りの『ごゆっくりお召し上がりください』を礼が聴こえているかのようなタイミングで返し、空へと帰っていく。
「ツナギ、乾杯しよう! 大学生活にいいことがあるように」
「お互いに実りあるように?」
「楽しく過ごせるように、だよ!」
なるほど、それは素敵だ。但し猫舌の2人に届きたてのホット紅茶で乾杯は厳しい。気分だとサンドイッチで乾杯することにして、互いに好きなひとつを手にする。
「新しい生活が楽しいが多いものでありますように、乾杯!」
かじりとる一口が自然と笑みが浮かぶ味で、すべてが明るくなるような心地のランチタイム。そして、食べ過ぎて2人してうたた寝するような平和な時間。
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