鳩村もしくは夕凪ツナギの幼馴染

 ツナギはバスを降りて時間を確認した。13:15、家のエアシャワーメンテナンスは終わっていない。どこかでお昼を食べて本屋をぶらつけばちょうど良い時間になるだろうか。思案していると突然勢いよく後ろから抱き付かれて数歩よろける。こうやってシールドやら、ソーシャルディスタンスを全く気にせずに接触するのは1人しかいない。巻き付いた腕を外しながら向き直ればチェリーレッドの髪が彩る元気いっぱいの笑顔がツナギを見上げていた。

 「ツナギ、格好良いコートだね!」

 「毎回言うけど、感染者だったらどうするの」

 「ツナギは大丈夫だもん」

 不思議なことに彼女は本当に感染者を見分けているようなのだ。もちろん確証はないのだけど。彼女は庭星にわほしアイラ。生まれた病院から一緒、誕生日3日違いの隣に住んでいる幼馴染は人とくっ付いているのが大好きで、シールドを持たないツナギはアイラにとって安心してすぐに抱き付ける相手というわけだ。

 腕を外した端から左腕に抱き付いているアイラにため息ひとつ。いつものことだがこのご時世に注意を促すくらいのことはしないわけにはいかない。逆に言えば注意をする一連のやり取りの後は好きにさせることにしている。

 「ねぇ、歩いている途中でツナギと同じコートを見かけたけど」

 「未来進化研究学専攻の特別装備みたいなもので、今日もらった」

 「そっか、今日が初登校だったんだっけ」

 「アイラは明日?」

 「そう。だから服を探しにお出かけしていたの。あーあ、ツナギと一緒なら登下校も一緒にできたのに」

 ツナギはアイラの手にしている紙袋を見ながら発言を避けた。積極的に恋人募集をしているわけではないが、さすがにアイラと一緒は……抱き付かれたり、腕を組んでの登下校で注目を買うのは抵抗がある。さり気なく話題を変えることにした。

 「アイラは何を専攻したんだっけ。同じ大学なのはわかっているけど」

 「異能開花研究学だよ!」

 「異能……」

 「どうしたの?」

 あの危険人物のいる学科じゃないか。注意も受けたがツナギの1度会った印象でも目的のために手段を選ばない性格であろうことは強く感じた。アイラは優しくされたら懐いてしまう傾向がある。

 「ねぇ、どうしたの?」

 立ち止まってしまったツナギの手を不満そうに引っ張って見上げてくるのに謝って歩みを再開しながらひとつ頷く。

 「アイラ、3年生の先輩に注意して。喜王っていう人」

 「異能開花研究学の人なの?」

 「うん。考え過ぎかもしれないけれど、僕の印象では怖い人だ」

 「……わかった。近付かないようにする」

 じっと見上げていたアイラは頷いて、にこっと笑った。あっさりと頷かれると自分の発言が心配なような落ち着かなさが出る。

 「他人の言うことをそんなにあっさり聞くのも危ないよ」

 「私だって誰も彼も言うこと聞くわけじゃないよ。ツナギだから聞くの! ツナギの嫌な予感は外れたことがないもん。それに、今日が登校日じゃないはずの異能開花研究学の先輩と今日会ったってことでしょ? しかも、ツナギが警戒する何かがあった……違う?」

 ツナギは苦笑を浮かべた。アイラは天真爛漫、甘えっこな部分で誤解されがちだがかなり頭が良い。勘も鋭いし、状況判断も適格だ。ただひとつ、困ることは……

 「じゃあ、もうひとつ僕の言うことを聞いてほしいな。大学に行くときはシールドを展開すること」

 膨れっ面になって俯く幼馴染をツナギは気長に待つ。アイラは人と触れ合うのが大好きだ。だから、普段もシールドを殆ど使わない。シールドを互いに使えばそれだけ距離が空く。それが嫌だから相手だけ張っていればいいという考えが強い。ただでさえ個性的な人間が集まりやすい大学で、すでに危険人物も浮上しているのだ。危険が迫ってから張るのでは遅い。

 身は守ってほしいが、泣かせたいわけじゃない。目が潤んできているのに気が付いたツナギは空いている片手でアイラの頭を撫ぜた。

 「全開で張れとは言わないから」

 「ちょっとだけ離れるだけ? ……充電しに行ってもいい?」

 「……いいよ」

 「じゃあ、頑張ってみる」

 諦めたように笑みを浮かべツナギが了承するとアイラはやっと頷いた。新しい環境で心細い中、触れ合えないまでも少しでも誰かの近くにいたいであろうアイラの不安を慮った妥協案としてはこんなところだろう。触れられるのをギリギリ回避する狭い範囲のシールド展開に、我慢した分甘えさせること。

 「ご飯、食べに行こうか」

 「ほんと!? 家で食べるんじゃないの?」

 「メンテナンスがあるから15時過ぎまで時間を潰したいんだ」

 「行く! じゃあ、サンドイッチが美味しいところに行こう!」

 「サンドイッチでいいの?」

 「私もサンドイッチ好きだもん。デザートサンドも増えたって聞いたの、一緒に行けるの、うれしい」

 早く行こうと腕を引くのに素直に従いながら、機嫌が直って良かったと安堵する。ツナギにとってシールドを使えない自分を必要としてくれることはうれしいことだ。それを差し引いたって身近にいる相手には笑顔でいて欲しいものだから。

 

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