鳩村もしくは夕凪ツナギのオリエンテーション

 総括教諭の半弓の雰囲気に半ば浮かされたまま新入生の5人は構内を移動していた。大学内は基本的にはシールドを展開しないこととなっているが、身に付いた距離感は自然と各自1メートルくらいの空間を空けている。

 廊下は白木色のフローリング。数年前から話題のウイルスが忌避する成分を含んでいることから人が多く集まる場所を中心に使われるようになった建材だろう。僅かに清涼感を含む木の香りが鼻腔をくすぐる。天井近くには換気窓。気持ちの良い風が吹き込んでいた。万が一外気が危険となった時はシステムが切り替わり、絶えず浄化された空気が構内を循環する最新鋭の技術が話題になっている。

 日差しが差し込む白木の廊下、程よい自然風に先頭を歩く半弓の髪が光をまとって揺れる。シチュエーションも手伝って今天国を歩いていますと言われても納得してしまいそうだ。不意に半弓が左手を壁に伸ばすと扉が現れた。

 「ここだよ、この大学は承認カードで入れる場所が変わるから絶対に忘れないように。忘れてしまったら事務局に申請しないと動けなくなるから気を付けて。僕のような教諭が一緒なら開けてあげられるけど、普段は承認カードをかざすこと。……君達が最後だから各自浮いている名札を見て席について」

 最後と言われると途端に焦りが増す。加えて見渡せる広さの扇形の階段教室は先に来ていた新入生の視線が降り注ぐようでプレッシャーを感じた。座席5つずつ空けてもまだ空間にゆとりのある広さ、不自然に空間が広い中央に名前が浮いているのわかる。ツナギは迷わず5段目の左側に駆け上がった。自分のような長い表示になる者は今いるメンバーにいないからだ。4人が後を追うように動き出したタイミングで教室がざわめいた。半弓が教壇に立ったことであの天使オーラが全員を射抜いたのだ。さっきまでの5人と負けず劣らず魅了されている間に僅かながらに耐性を持っていた5人は素早く席に着いた。

 机の上には手のひらサイズの端末と綺麗に畳まれたライトグレーにライトブルーの縁取りがされたトレンチコートが載っている。

 “オリエンテーションを始めます”

 半弓のテレパシーが頭に響いて全員が居住まいを正した。大学での講義は基本的にテレパシーを使うという。端末は大学生活サポートのために全員に渡されるもので学内のナビ、図書館利用の申請、問い合わせ、簡単なメッセージのやり取り、掲示板機能が入っていることと使い方の説明が続く。


 未来進化研究学は半世紀で起きた激変、今後の世界を考察するべく過去・現在・未来とたくさんのデータ収集が必要とされ、学内の他の専攻チームや外部への取材も他の科目よりも多いことからまだ一般化されていないウイルス、アレルゲンを可能な限り遮断する化学繊維で作られたコートが支給される。それは外部の人にも咲花大学の生徒であると認識してもらうためでもあり、少しでも身の安全を図ることでより良い研究成果につながるようにという意図がある。

 前期の間に3人ずつチームを組み、過去・現在・未来とローテーションしながら情報を増やし、最終的に18名が全データを共有したうえで研究テーマを設定。個別でもチームでも可。そこで初めて研究テーマに対し一番サポートできる教諭が選任、きめ細やかな指導と助言を提供していく。取材活動は早くても後期予定で、それまでの週1から2の登校日は進捗状態の報告と相談、図書館利用、生徒同士の情報交換に当てられるらしい。

 半弓はあまり表に出ず、テーマが設定されるまでは3年生が1年生のサポートをする。その代表が喜王 沙衣。さっきひと騒動を起こした双子の弟、希沙は研究熱心がゆえに他を蔑ろにする傾向があり、沙衣と同じ顔を利用して新入生を実験材料にしようとする可能性があるからくれぐれも注意してほしいと熱弁をふるった。今季から支給されたコートの内側に下の名前が刺繍されるようになったのも実はその対策らしい。

 3年生はそれぞれの研究テーマを大学内オンラインで公開していて、興味を持ったり、関することでの質問があれば指名して交流。望めば専属サポートを頼むこともできるというシステムは交流も重視とする咲花大学の独自スタイルだ。他なら可能な限り接触を減らすに重きを置いていることが多い。

 当面は何曜日に登校したいかという希望でグループを括ることになり、ツナギは火曜日と木曜日と希望を端末から送った。周囲はみんなテレパシー。今さらそれを気にすることはない。

 火曜日はさっき一緒になった唐崎、国立という女性と。木曜日は清野と奥園が一緒だ。登校日以外は各自で研究を進めたり、大学から出された資料を読み込むことに費やされる。望んで大学に入った者達にさぼるという概念はほぼなく、仮にさぼったら結果が伴わずに退学になるだけだ。自由で厳しい学び舎。それが大学だ。

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