第5話

玄関扉を開けて、母親が、二階の時生に聞こえるように、「久保田くんがいらっしゃったわよ」とよく通る声で叫んだ。

時生は階段を慌てて、下りてきた。

「入れよ」と僕に促した。

しばらくして、母親がチーズケーキとカルピスを運んできた。

カルピスを飲んで喉の乾きを潤した。エアコンの効いた部屋で、少しずつ汗がひくのを待った。

時生は、なにやら、そわそわしていた。

彼は窓辺から、母親が庭いじりに精を出しているのを凝視していた。

そんな、落ち着きのない彼がどうにもおかしくて、おもわず笑いがこぼれた。

それを見て彼は仏頂面をした。

窓辺から、離れて時生はベッドに腰を下ろした。

「どうしたっていうの?」

「俺さ、夏休み中に宇都宮に行きてぇんだよ」

「宇都宮?」

宇都宮…

頭の中で変換するまでに、多少の時間を要した。

「そうだ!!宇都宮だ」と彼は前のめりになって言った。

時生の言い出したことは、あまりにも突拍子

のないことであった。発案の意図が分からず、僕はポカンとするしかなかった。

「俺の親には、ぜったい内緒だからな」

彼は必死の形相でくぎをさした。

安易な思いつきでないことは彼の態度からしても、すでにひしひしと伝わってきていた。

「なんで、そうまでして宇都宮にいきたいん?」

「俺が、子供の頃、暮らしてた施設のことは話したことあったよな?その施設が宇都宮にあるって最近知ったんだよ。だから、そこに行けば色々と思い出せることもあると思ってさ」

話す時生の声は確かに震えていた。

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夏色キャンディー 風子 @yuu1204

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