幕間ー茜の過去と現在ー

 私はあの日から彼のことがずっと好きだったのだろう。けれど、私は周りの子たちから疎まれる存在だった。こんな私が誰かから好かれてもいいのか。そんな感情も抱いていた。 


 「ちょっと綺麗で、頭もいいからって」

 「本当ねー。調子乗ってる」


 そんな声がよく聞こえてきた。クラスにはほとんど友達のいない生活を私は送っていた。けれど部活には唯一と言っても過言ではない友達がいた。


 ある日の昼休み。私は気詰まりな教室を出て外に空気を吸いに行っていた。


 「気持ちいい・・・」


 しばらくしてまた教室へ戻るために階段を上っている時だった。迂闊うかつだった。足を滑らせたのだ。


 「あっ・・・・」


 その時だった。彼が助けてくれたのは。


 「危ない・・・!!」


 私の体はしっかりとした手で支えられた。暗い気持ちもあった私にとっては救いの手だった。


 「あ、ありがと・・・」


 思わず彼のことを見つめてしまっていた。ものすごく恥ずかしかった。「私、気持ち悪がられてないかな?」とかそんなことを思っていた。けれど彼の顔を見たときすぐに気づいた。


 「青木、大地くん・・・だよね?」

 「う、うん。大丈夫?夕凪・・・茜さん?」


 やっぱりそうだった。彼もクラスではあまり友達のいない浮いた存在だった。このときが多分、恋の始まりだった。


 お昼ご飯に誘ってくれたことも、夏祭りに誘ってくれたことも、そしてクリスマスのイルミネーションを見に行こうと言ってくれたこともすべてがうれしかった。いつまでもこじらせていた私に幻滅せずにいたことも。


 だから私はあのクリスマスの日、「好き」って言おうと、そう決めていた。


「待ってて・・・大地くん・・・!!」


 駅前に向かって走っていた。その日は雪が降ったくらい寒い日だった。横断歩道を走っていた私にスリップした車が突っ込んだ。


 「あっ・・・」

 

 まだ、死にたくない。まだ彼に、この溢れる「好き」を伝えられていない。彼がどう思ってもこの気持ちを伝えるまでは。


 そう思っていた。けれど私はそれから一年と数か月眠り続けていた。それまでに彼が何度か来てくれていた気がする。


 私は彼が中学校を卒業して高校に入学しようという頃に奇跡的に目を覚ました。もちろんすぐには動けなかった。リハビリを必死に頑張った。


 「待ってて・・・大地くん・・・」


 私の回復は驚異的だった。僅か一か月ほどで退院できた。それから彼の家をお母さんに聞いて訪れた。けれど彼は遠くの高校に通っているということだった。「それなら私も!」と必死に勉強した。彼と同じ学校ではないけれど、近くの高校に通うことができた。一人暮らしは許されなかったけれど。


 そうして高校に通い始めてすぐに私は彼の家を探し回った。やっとの思いで彼の家を探し当てたころだった。


 「好きだよ。大地くん」


 ドアを開けて姿を見せた彼にそう告げた。しかし彼は何も言わず怪訝けげんな顔をしているだけだった。私はそれがショックで走り出していた。


 「そんな・・・!!」


 けれど後で大地くんのお母さんに聞いたら彼は少し前に記憶を失くしていた。それならばと私は、この溢れんばかりの思いを伝えればきっと思い出してくれる、そんな思いで毎日毎日学校帰りに思いを伝え続けた。


 ある日から彼は顔を見せなくなった。けれど私はそれでもかまわなかった。だってこれは私の自己満足だから。


 またある日から彼は家を空けるようになった。それならば手紙を残そうと毎日書き続けた。


 そんなこんなで一年が過ぎ、365回目の告白を手紙で彼に伝えた後だった。私は何となくすぐに帰る気になれず、彼の家の近くをあてもなく歩いていた。


 「・・・・・」


 その時だった。横断歩道の向こうから彼がこっちへ走ってきているのに気付いたのは。


 「危ないっ・・・!」


 今度は彼が車にひかれてしまった。


 

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