3. 悲劇。そして・・・

 あの祭りの日の記憶が流れた後も俺は彼らの日常を見せられていた。いつまでたっても進まない関係に俺は胸の苦しさを覚えていた。


 「何やってんだよ・・・ほんとに・・・っ」


 夏も、秋も何も起こらずいつの間にか季節は流れ、冬になっていた。黒板の日付は12月24日のクリスマスイブを迎えていた。教室内はその話題で少し騒がしかった。


 「お前、クリスマス予定あるんか?」

 「ふっ。実は・・・・ない」

 「ないんかよー!」

 「~ちゃん、明日彼氏とデートだって!」

 「きゃあー!」


 こんな会話ばかりだった。周囲の人間がそんな空気の中、彼らの周りだけ冬の冷たく凍てついた空気のようなものがまとわりついていた。


 しかし、その日の放課後だった。


 「明日・・・駅前のクリスマスツリーを見に行かない?大事な話も、あるんだ」

 中二の俺がそう切り出していた。

 「・・・・・。うん。私も・・・話が、あるの」

 二人は難しい顔をしてそんな会話をしていた。


 「やっとかよ・・・」


 気づけば俺はため息とともにそうつぶやいていた。


 「じゃあ・・・明日、夕方五時でいい?」

 「・・・うん」


 これがこの日の二人が交わした最後の会話だった。


 ここで俺の意識が途切れ、また再び気づいたときには駅前にいた。木々にはイルミネーションが施されており、街が色づいていた。中二の俺は相変わらず時間より10分も早く来ていた。

 

 「・・・・・」


 時間ばかりを気にしていた。


 しかし、彼女の姿はいつまでたっても現れなかった。20分がたち、30分がたち、1時間がたっても茜は来なかった。


 「何で・・・」

 「何でだよ・・・?」

 俺も中二の俺もそうつぶやいていた。空を見上げると、雪が降り始めていた。


 ここでまた真っ暗になって俺の意識が途切れた。次に意識を取り戻した時、それは朝の教室だった。中二の俺は窓から外を眺めていた。しばらくすると、今度は茜の席に目を向けた。彼女はまだ姿を見せていなかった。


 しばらくして担任が入ってきて、話し始めた。


 「あー、今日はな、みんなに話がある。うちのクラスの茜が昨日、スリップした車に巻き込まれたそうだ。奇跡的に命は助かったそうだが意識はまだ戻らないらしい。」


 「・・・っ!!」

 

 衝撃だった。もちろん俺も、中二の俺も。


 「そこでだ。今日、放課後に茜のお見舞いに行ってほしい。たくさん刺激を与えてほしいと担当の医師も言っていた」


 生徒たちは初めはざわざわしていたが、担任のその言葉に無言でうなずいていた。


 その日中二の俺は呆然とした様子で授業を受けていた。多分、事実を受け止められていないのだろうと俺は理解した。一度体験したはずの俺自身も戸惑いを隠せていない。


 「じゃあ、何で茜は今の俺に告白してきてるんだよ・・・」


 その日の放課後、何人かの生徒たちは茜が入院している病院へ足を運んだ。やはり彼女は友達が少ないようだった。俺自身も中二の俺を追って病院へ行った。扉を開けて病室へ入った。


 「くっ・・・!」


 彼は茜がベッドで静かに眠っている姿を見て嗚咽おえつを漏らした。俺はそれを胸の詰まる思いで見ていた。


 しばらくしてもう一人生徒が姿を見せた。


「君、青木くんだよね?私、知ってるんだよ!あなたが茜を駅前のイルミネーションに誘ったこと!返して・・・返してよ・・・」


 どうやら彼女は茜の数少ない友人の一人らしかった。部活の友達か何かだろうか。茜は彼女にクリスマスのことを話していたのだ。彼女はその場にへたりこんでしまった。


「う・・・・・はぁ・・・」


中二の俺は俯いて声にならない声を出していた。瞬間、俺の頬を水滴が流れた。


「・・・・」


 気づけば俺は涙を流していた。


 その日から中二の俺は自室で引きこもり、泣きはらしていた。


「ごめん・・・ごめん・・・俺の、せいで・・・はぁ、うっ」


 数日経つと彼は泣き止んだが、依然として引きこもったままだった。朝からカーテンを閉め切り、ゲームをしたり、漫画を読んだりして日々を過ごしていた。


 そんな空虚な日々を過ごしている俺は過去の俺に何も言えずにいた。


 しかし、2か月ほどたったころだった。


「このままじゃ・・・ダメだよな・・・。俺が、あいつが目を覚ますのを信じてやらないと」


 そう言って部屋から出た。リビングに出ると母さんが驚いていたが、彼はそのまま靴を履いて家を出た。俺もゆっくりと後を追った。


 彼は病院へ向かっていた。受付で茜の病室を聞き、そこへ足を向けた。扉を開けると茜の母親らしき女性がそばで娘を見守っていた。彼女は扉近くの中二の俺の姿を見ると


 「クラスメイトさん・・・?」

 「はい・・・青木、大地と言います」

 「そう、あなたが・・・。わかっているわ。あなたのせいじゃない。けど、けど」


 彼女の言葉はそこで途切れた。中二の俺は申し訳なさそうな顔で見ていたが以前ほどの深刻さは見られなかった。


 しばらくすると彼女は部屋を出ていった。


 「好きだよ、茜・・・待ってるから。いつまでも」


 中二の俺は彼女の髪を撫でて、そうつぶやいた。このとき初めて彼は「好き」を伝えることが出来たのだ。しばらくすると彼は病室を離れて帰っていった。


 次の日から彼はちゃんと学校に行くようになった。そして毎日毎日茜の病室に通い、その日の出来事を語っていた。晴れの日も、雨の日も、風の日も、雪の日も通い続けた。たまに打ちのめされていたが、それでもめげずに通い続けた。俺はずっとその姿を見ていた。そのうちに俺は記憶が戻ってきている感覚を得ていた。


 そしてあっという間に時は過ぎていき、彼は中学3年生になっていた。以前のように毎日とまではいかないものの、受験勉強の合間に茜の病室へ通っていた。


 「もう、そんなにたったのか・・・」


 すぐに一年がたち、俺は行きたかった高校に合格したということだった。


 俺は彼女の病室へ報告に行っていた。けれどいまだに目を覚まさない彼女を見て、また苦い顔を浮かべていた。


 「もう・・・一年以上・・・たってるんだぞ・・・!」


 もうすぐ高校生になるころの俺はそう自室で嘆いていた。


 多分、彼女から逃げるためでもあったのだろう。高校の入学が近づくと、実家を出てアパートでの一人暮らしを始めていた。しかし、初めてすぐのころだった。アパートの階段を踏み外して、転げ落ちたのだ。


 「あっ・・・うわっ・・・」


 そしてそれまでの記憶を失った。

 

 高校での生活は表面上では楽しそうにしていたが、何かが欠けている、そんな表情をしばしば浮かべていた。そんなころだった。一人の少女が俺に告白しにきたのは。


 「好きだよ。大地くん」


 俺はすべてを思い出した。







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