2. ある夏の日の二人

 俺と茜の運命を変えたであろう事件の日の追想はまだ続いていた。中二の俺は教室でしばらくほうけていたが、またしばらくするとかばんをつかんで教室を後にしていった。俺も後を追う。


 彼は昇降口で靴を履き、外へ出た。校庭の木々は緑が生い茂っており、セミがやかましく鳴いていた。生徒たちの制服が半袖だったのを見るに季節は夏のようだった。


「西日あっつ・・・」


 中二の俺はそんなことをつぶやきながら校門を抜けていった。だが中学校近くの公園を歩いている最中も彼は何やら渋い顔をしてうつむきがちに考え込んでいた。


「そんなにあの子のことが気になるのかよ・・・。それにしてもこの公園は懐かしい感覚がする」


 高2の俺は中二の俺を少し情けなく思いながらも、言い難い郷愁きょうしゅうを感じていた。恐らく、この公園は俺にとって思い出深いものか何かだったのだろう。


 公園を抜けて住宅街を歩くと、少し先に一軒家を見つけた。中二の俺も高2の俺もそこに向かっている。分かってはいたが帰宅しているようだ。俺は家の様相に既視感を抱いたからだ。瓦葺かわらぶきの屋根の二階建ての一軒家。それに小さな庭もある。直感的にここが自分の家だと分かった。


 前を行く中二の俺は石の階段を上って扉を開けて玄関に入った。そして帰るなりすぐに階段を上って2階へ向かった。


 「2階が俺の部屋なんだろうな・・・」


 俺が思った通りだった。2階の自分の部屋に荷物を置いて、すぐにベッドに顔をうずめていた。かと思ったら今度は天井を見上げていた。


 「なにやってんだか・・・」


 そうして中二の俺が悶々もんもんとしているうちに俺は部屋から出て家の中を歩き回っていた。見覚えのある様相だったが人の姿はどこにもなかった。母さんはまだ帰っていないらしい。窓から外を見ると、太陽はすっかり西に沈んでおり、夜が近づいていた。


 2時間程経ってからだろうか。母さんが帰ってきて。夕食を作り始めた。さらに1時間経つと食卓に料理が並んだ。


 「大地ー。ご飯。降りてきなさい」


 母さんがそう呼ぶと、ゆっくりと降りてきた。彼はゆっくりと降りてきて、そして二人一緒に食卓についた。俺はしばらく二人の会話に耳を傾けていた。


 「いただきます」

 「いただきます・・・」

 「ん?どうかしたの?なんか元気がない気がするけど」

 「い、いや何でもねぇって。ほんと」

 そうして中二の俺はご飯をかけこんだ。けれど母さんは息子の異変をすぐに見抜いたようだった。

 「んー何、あんた好きな子でもできたのか?」

 中二の俺がせきこんだ。

 「げほっ、げほっ・・・。違っ、違ぇから!」

 そう言って中二の俺はさっさと夕食を済ませ、食器を台所に運ぶと、また2階へ戻っていった。だが母さんはにやにやして何やらつぶやいていた。


 「そうかい。いいねー青春してて」


 そう言い残した母さんをリビングに残し、俺も2階の部屋に向かった。


 俺は自分の部屋で彼が寝るまでずっと様子を見ていた。しっかり勉強はやっていたのだが、時折壁にかけてあるカレンダーの方に目を向けていた。多分、カレンダーに書かれてある夏祭りの日に目を向けていたのだろう。


 「あの子を夏祭りに誘う気なのか・・・」


 俺はそう思った。しばらくすると、中二の俺も俺自身も眠くなってきた。彼が眠ったのと同時に俺も意識を失くした。


 再び俺が意識を取り戻すと、また中学校の教室の後方で立っていた。しかもまた昼の時間が近かった。


 「今度は何が起こるんだ・・・?」


 チャイムが鳴って授業が終わると、中二の俺は席を立ち、茜の方へ向かっていった。茜の方に目を向けると、彼女はゆっくりとお昼ご飯の準備を進めていた。だが一向に誰か友達がやってくる気配がない。彼女もクラスでは浮いていたのかしれない。


 「あ、あの・・・よかったら、今日、一緒にお昼食べない・・・?話したいこともあるから」

 中二の俺が頬を赤くしながらもそう切り出していた。彼女の返答は・・・

 「・・・う、うん。わかった。」

 少しの沈黙の後、茜もまた頬を赤くしながらそう答えた。そうしてまたこの前の渡り廊下の外のスペースへと向かっていった。俺も後から追った。

 「・・・・」

 「・・・・」

 昼食をそこで始めた彼らはしばらく無言だった。気まずそうにしていた。しかし10分ほどたった後、中二の俺は話し始めた。

 「あ、あのさ・・・今度、夏祭り・・・一緒・・・行かない?」

 「よく言った!」

 気づいたら俺はそう言っていた。茜は・・・

 「あ、話したいことって、それだったんだね。・・・大丈夫。うん、行く」

 「う、うん・・・分かった」

 お互い恥ずかしそうにしていたが、何とか約束をこぎつけたらしい。俺はそんな二人の様子をむずがゆい思いで見ていた。


 その日の放課後。

 「六時に・・・公園で待ち合わせ・・・でいい?」

 帰り際、茜にそう言っていた。

 「あ・・・その日、部活あるかもだから・・・少し遅れる・・・かも」

 「う、うん。だ、大丈夫。待ってる」

 「うん。分かった」

 そんな会話をした後、二人ともうつむいて無言のままだったが、どちらからともなく「じゃあね・・・」と言って帰っていった。


 そこで俺の目の前が真っ暗になり、また明るくなるとそこは学校近くの公園だった。近くには私服姿の中二の俺が立っていた。今日が恐らく夏祭りの日なのだろう。近くから祭囃子まつりばやしや人々の声が聞こえてきた。


「・・・・・」


 彼は何度も何度も腕時計を見て、時間を気にしていた。俺も公園の時計に目をやると約束の六時までにはあと10分ほどあった。多分、こいつは張り切って早くに来たのだろう。


 それから20分ほどたったころだった。遠くから彼女はやってきた。茜は紫色の浴衣に黄色の帯を巻いていた。


 「ご、ごめんね?待った・・・?」

 「い、いや全然。お、俺もさっき来たばかり、だから」

 「そ、そう・・・。なら、いいけど」


 傍から見ている俺にとっては彼らのやりとりは恋人のそれだった。けれどこのぎこちなさがいかにも中学生っぽいと思った。


 そうして彼らは公園近くの学童保育所が主催している夏祭り会場へと足を向けた。歩いている最中、彼らは無言のままだった。だが中二の俺が勇気を出して、茜の小指あたりを握ったとき、彼女はびくんと体をこわばらせた。しかし嫌がっている様子は見られなかった。顔を真っ赤にしながら(中二の俺もだが)ぎこちない笑みを浮かべていた。


 「これ、食べる・・・?」「う、うん」のようなやりとりを交わしながら祭りの屋台を歩き回った。そうしてしばらくたった後、花火が上がった。彼らは同じ方を見つめ、そうしてまたふたり見つめあった。お互いしきりに何かを言おうとしていたが、結局言えないまま時が過ぎていき、祭りは終わり、二人は帰っていった。


 彼らは「好き」を伝えたかったのだ。俺は本能的に理解した。


 「こんなことが・・・・あったのか」


だが彼らはいつまでたってもお互いに「好き」を伝えられずにいたのだった。


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