シーグラス

第40話

 ゼイゼイゼイ

 登の息づかいは荒い。


「大丈夫ですか?」


 浦島友也が登を心配そうに見ている。


「異世界に居すぎて……」


 現実世界に戻ってきた時には、季節が変わっていたのだ。

 異世界に就職してから、登の現実世界で過ごした時間は数日といったところが、実際は数ヶ月も過ぎている。

 これじゃあ、いつまでも死なないだろう。

 古代ローマ人のクライムも現実世界でほとんど過ごしていないから、生きているのだ。


 クライムが現実世界であまり過ごさないのは、彼の現実世界でのトラウマでもある。グラディエーターであるクライムは、過酷な生活を強いられていたからだ。

 そんなクライムとは反対に、野武士だった羽左衛門は現実世界の住民に戻り生を全うするのだろう。


 登は空を見上げた。

 ガンガンに日が照っている。


「あっちいな」


 季節は夏になっていた。

 浦島友也との川沿いジョギングのはずが、ウォーキングになっている。


「異世界マスターって大変ですね。この前から、ファレイアっていう方が会社に出向してきているのですが……」


 登は苦笑いを浮かべる。

 ファレイアの処遇はヘルヴィウムから聞いている。

 一年間現実世界で稼ぎ、モンスターの依り代石の代金を稼がなければいけないらしい。

 異社会保険組合で引退保険をかけていなかったファレイアは、本来なら、記憶飛ばしの現実戻りが妥当らしいが、今までの功績を鑑み、且つヘルヴィウムのあくどい思惑でそんな処遇になったらしい。


 クライム曰く、異世界マスターを続けたいファレイアにとっては、あくどい思惑ではなくありがたい申し出だったようだ。


「『ヘルカンパニー』って、結局なんの会社なんだ?」


 登は、友也に問うた。


「メインはイベント会社です。特殊メイクをした人やコスプレイヤーを派遣する会社です」


 登は首を傾げる。


「実際、派遣しているのは異世界人なんですけどね。特殊メイクとかコスプレなんかしていないんですよ」


 友也が軽やかに言った。

 登は思考が追いついていく。


「それって……イケメンエルフとか布面積が著しく低いメイドってことか?」


 登は口元をヒクヒクさせながら言った。

 ヘルヴィウムから、以前現実世界にも異世界人が働きで出ていると聞いている。


「ええ、そうです。私は、イベント会場に異世界人を運ぶ運転手です」


 友也は、現実世界で運転免許を取得して、運転手の仕事に就いているのだ。


「それで、ファレイアは今何をしてるんだよ?」


 登はハァと息を漏らしながら訊いた。


「赤い髪って人気なんです」

「は?」

「ハイファンタジーでも赤髪って主人公的だったり、主人公に近い役だったりしますし、乙女ゲームなんかイケメン王子やらアイドルにも赤髪はいますから」


 登は、あのファレイアがイベントで注目を浴びる想像をして身震いした。


「なりきってもらわなきゃいけないので、派遣する度にファレイアさんは魂が抜け落ちたように戻ってきます」

「それってさ……羞恥に身をこがし、燃え尽きてってことだろ?」


 登には、到底できない仕事だ。

 異世界で『変化の時、出でよ、ウィラス!』と叫ぶのと、イベント会場で同じ台詞を吐くのでは、心的負担は半端ない。


「大半の異世界人は、ノリノリなんですが、ファレイアさんは元々現実世界の人ですから」

「ファレイアって、どの時代の奴なんだろ?」


 あの赤い髪は地毛に近いのか、変化の種か。

 現実世界での赤毛とファレイアの赤髪は別物なのだ。


「おーい」


 登と友也は振り返った。

 浦島羽左衛門が手を振っている。


「久しぶり」


 肩で息を切らして、登と友也のところまでやってきた。


「ちょいとヘルヴィウムから依頼が来た。一緒に行くぞ、二人とも」


 登は、すぐにタブレットを確認する。

 ヘルヴィウムから連絡が入っていた。


『依り代石採取週間発動』


「何これ?」


 登は羽左衛門に訊いた。


「登は初めての採取週間だから、俺が派遣されたわけさ」


 羽左衛門がニッと笑う。


「ヘルヴィウムから、俺らの採取は『シーグラス』って連絡がきてる」

「『シーグラス』?」


 登は首を傾げた。


「そ、海岸にあるキラキラしたやつ、わかるか?」


 羽左衛門が、タブレットを操作して登るに見せる。


「……あー、ガラスが削られて海岸に辿り着くあれね」


 実際、登は海水浴の経験はなく、実物を見たことはない。


「ん、海に行けってことか⁉」

「そ、だから友也も一緒なわけさ」


 海岸へは運転手の友也が連れて行くのだ。

 友也も目を丸くさせて驚いている。

 それもそうだろう、彼の経験則はスローライフの山だけなのだ。


「海!」


 友也も登同様に興奮している。


「海水浴も兼ねて、体力も戻せってさ」


 かくして、登と友也、羽左衛門で海に向かうのだった。

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