第39話

「なんで……」


 始まりの清き乙女は、登の帰還に声を失った。


「なんで、俺が死んでいないかって?」


 登は、肩を竦めながら言った。


「これでは、仁の想いが終わらないわ!」


 プルプルと震え、登をキッと睨んでいる。


「そういう表情は、誰の想いだ?」


 始まりの清き乙女の顔が困惑に変わる。


「仁は俺の死以外の物語を想像していないはずだ。その表情は、自身の想い。もう、物語から解放されたんだ。好きに生きていい、この異世界で」


 困惑から不安げな表情へと、始まりの清き乙女は変わっていく。


「想い、が……ない、のに、……どうやって、生きれば、いいっていうの?」


 周囲の町の人も同じように、心許なげだ。


「仁は、異世界の理を変容させて、あんたらに自由な生き方をして欲しかったはずだ」

「だって、でも……わからないわ」

「寝て、起きて、食って、仕事して、笑ったり、泣いたりしながら、生きるだけ。仁と過ごした時のように」


 登は当たり前のことを口にする。

 その当たり前ができないのが異世界の理だった。


「そんで、死はいつか来る。俺が異世界の理を変えていくから。俺の生死で変わるんじゃない、俺が変えてみせる」


 始まりの清き乙女が脱力した。物語という衣が剥がれ落ちたかのようだ。

 町の人らも、どこかホッとしたように安堵の息を漏らしている。


「ヘルヴィウム、ここの管理はやっぱり俺?」


 登はヘルヴィウムに問うた。


「さて、どうでしょうか。ここは、異世界マスター協会の管轄に入るか、異世界管理組合が手を上げるか……難しい判断ですね」


 石化が解け新たな時を刻み出した異世界は、初だからだろう。


「石化前は、ジンの管理する創造世界でしたから、黒を統括する私が一旦預かります。登はこの異世界の住民でもあったので、管理からは手を引いた方が賢明でしょう」

「そっか、そうだよな。俺は、ここで生まれたんだ」


 登は、町を見回す。

 赤子の記憶などないが、懐かしさを感じたのは確かだ。

 それが、仁の想像なのか登の感覚なのかは、分からない。


「先に、戻っていてください」


 ヘルヴィウムが町の者に今後の説明をするようだ。

 確立異世界の誕生と同じで、物語が完結した後の手順を踏むのだろう。


「クライム、頼みます」

「了解」


 ヘルヴィウムとクライムは互いに頷き合った。

 クライムがゲートを開き消える。


「我は、登の世界に寄るぞ」


 天照大神が言うや否や、スッと姿が消えた。

 登の首元が熱くなる。

 天照大神は登と共にあるようだ。


「登、今度こそ待機していてください」

「了解」


 登もゲートを開き自身の世界へ飛んだ。




 天照大神が、ハンモックに揺れている。


「ほれ、これじゃ」


 天照大神から七つの珠が登に放られる。


「……これって、『神声』か?」


 珠の中を覗きながら、登は言った。


「そうじゃ、そやつらも貸し出し可能になろう。登録して稼ぐがよい」

「え、これ俺のなの?」

「そりゃあ、『真実の瞳』で見抜いた登に権利があるのは当然じゃ」

「なんか、色々ありすぎて、頭が回らない」


 それもそうだろう。

 ワープを作ったあたりから、一気にいろんな事が登に押し寄せたのだから。


「まずは、高潔な青龍の住処でも作ってやったらどうじゃ」


 天照大神の言葉に、登は懐から水晶を取り出した。

 そこに高潔な青龍が収まっている。

 依り代のある鍵の青龍は、この世界では自動的に住処に戻っている。ウィラスはツリーハウス、麒麟は草原が住処だ。


 登は水晶を抱き、目を閉じる。

 澄みきった空にたゆたう雲、そこに気持ちよさげに体を預ける高潔な青龍がいる。封印から解かれた青龍が心広げる住処。何人も高潔な青龍を縛れぬ大空。

 登はゆっくり目を開けて、空を望んだ。


「閉じ込められていた神獣なら、確かに空こそが住処に相応しいの」


 天照大神が雲の上の高潔な青龍を見上げて言ったのだった。

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