第38話

「登! 仁の青龍です」


 ヘルヴィウムが叫んだ。


「ん? あれ、ちょっとヤバくないか」


 クライムが頬を引きつらせた。

 青龍は何やら毒々しい黒い煙を纏っている。鱗が逆立ち怒りが全身を覆っているかのようだ。


「そうよの、あの青龍は封印に激怒しているのじゃ」


 天照大神が言った。


「ちょ、ちょっと待てって! 仁は青龍を納得させていなかったのか?」

「のようですね」


 ヘルヴィウムが答える。


「神獣に縄つけてたってことか!? 青龍も仁の想像に巻き込まれたってことじゃねえか!」


 つまり、登も同様だということ。登も、仁の意図を明かされた時憤ったのだ。


「厄介なことになりましたね」


 ヘルヴィウムが言った。


「ヤバい、こっちに向かってきたぞ」


 青龍が、登らめがけて降下してくる。

 青龍の瞳はどす黒く、何やら黒い炎でも揺らめいているようだ。


「神獣の闇落ちは厄介じゃぞ」


 天照大神の言葉通り、青龍は瞳から出続ける黒い炎に侵食されていき、黒い衣を纏った龍、すなわち黒龍へと姿が変っていく。


【どうしてだ!?】


 登に、憤怒する青龍の声が響いた。


「登、一旦宙に待避です」


 ヘルヴィウムとクライムがマントをなびかせ、飛翔する。

 天照大神もそれに続いて浮かんだ。

 登は、憤怒する青龍を眺める。


【どうして、どうして、我に縄を!】


 それは、仁に対しての想いだろう。

 鍵の役割がなくなったら、羽左衛門の玄武ように主の元を離れられたはずなのだ。

 仁が青龍を水晶に閉じ込め、登が封印を解くまで自由を奪ったのだ。

 登は、天照大神の言葉を思い出す。想いとは残酷で、綺麗な物語ほど犠牲を伴う。


「一番の犠牲は、青龍だよな」


【許さぬ! 決して、許さぬぞ!!】


 闇に浸食された神獣の姿がそこにあった。


『あやつは想いの造形が定まっている』


 登の鍵、青龍の声がした。

 麒麟の時と同じだ。想いの造形が定まって、姿となる神獣。

 青龍の声は続く。


『あやつは囚われている』


 定まった想いに囚われているということだ。


「もしかして、仁の想い……仁の想像した造形、この物語にか!?」


 憤怒する青龍は、仁に巻き込まれた神獣だ。

鍵の役割から、物語の演者に引き込まれ封印された。


『あやつには、託された想いの造形と……自我があるはずだ』


 登は眉をしかめた。


「仁の想いに操られている? もしかして、闇落ちする青龍を想像したのか、仁は」


 登は黒を纏った青龍を見上げる。

 物語の演者『闇落ち青龍』と神獣『鍵の青龍』、一つの体に二つの青龍が存在している状況なのだ。


「登! 何をやっているのです!?」


 ヘルヴィウムが叫ぶ。


【我は神獣青龍ぞぉぉぉぉ!】


「あれは……黒い涙?」


 迫ってくる青龍の瞳から溢れる黒は、登には涙のように見えた。

 登は雄叫びを聞きながら、両頬をパンッと叩き心を決める。

 そして、手首を擦った。


「集う時、心のままに、高潔なる神獣!」


 登は両手を広げた。


【お前のせいでぇぇぇぇ!】


 黒に包まれた青龍が咆哮を上げ、登に向かっていく。

 登は両手を広げて咆哮を受け止めた。

 グワッ

 龍の牙が登の体を食む。


「……だよな。物語に、想いにさ……閉じ込められて、抗って待ってたんだろ? 神獣の心を最後まで離さなかった高潔な芯がある」


 登は牙に食まれた状態で、龍の鱗を優しく撫でた。


「凄いな、ちゃんと牙と牙の隙間だ」


 登の体に、龍の牙は突き刺さってはいない。

 登の元には、神獣が集まっている。

 鍵の青龍、ウィラスの白龍、導きの麒麟、そして、仁の想いに抗った高潔な青龍だ。


「仁の物語(想い)を教えてくれ。物語の最後はどんな想像をした? 何を託された?」


 始まりの清き乙女も、口にしていたことだ。この祠に全てがあると。

 きっと、物語のクライマックスを青龍は演じているのだ。否、それに抗っていたのだ。


【……お前の死】


「俺の死によって、異世界の時が刻まれるわけだ」


 始まりの者の生と死こそ、異世界の理を変える『鍵』と仁は想像したのだろう。


「最低な父親だよな」


 登は心の軋みに苦笑するしかない。泣き喚いたところで、何も変らないのだ。怒って憎んだところで、もうその対象はいない。

 だからといって、虚無感はない。


【どうすれば、良かったのだ?】


 高潔な青龍の声は震えていた。

 すでに、黒は身に纏っていない。

 色あせたような青の鱗には、多くの傷跡がある。青龍自身がつけたような爪痕だ。

 登は、それを優しく撫で続ける。


「自我を保つのに、こんなにまでして」


 登は、目頭が熱くなったが拭うことはしなかった。高潔な青龍を撫で続ける。


【我のせいで、仁は無駄死にか……】


 高潔な青龍から精気が失われていく。

 仁の物語は完結をみない。

 登の死こそが、完結の物語だからだ。


「そんなもの、書き直せばいいだけ。俺なら可能だ」


 登は今にも儚げに消え入りそうな高潔な青龍に抱き締めた。


『先達の青龍よ、我らと共に』

『そうそう、新たな冒険を共に』


 鍵の青龍とウィラスの白龍が、打ちひしがれた高潔な青龍に身を寄せた。

 麒麟が三龍の周りを軽やかな足取りで回ると、高潔な龍の傷ついた体が癒やされていった。


 上空では、ヘルヴィウムとクライム、天照大神がホッと息を撫で下ろしていたのだった。

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