第36話
「始まりの清き乙女?」
登は目の前の女性に名を問い、返答に困惑していた。
「そういう想像なので。私の名は『始まりの清き乙女』、異世界を救うべく生まれた存在になります。この町は、あなたのために創造された世界なのです」
登は頭を抱えた。
あまりの展開についていけない。
「ちょっと待て……ちゃんと順を追って、説明してほしいんだけど」
登はハーッと息を吐き出して、膝を曲げてしゃがんだ。
「この世界は仁が、『次元と時空を超えて生を紡ぐ』ために現実世界で想像した世界です。そして、ジンとしてこの町で生活を営みました。青龍の鍵、異世界マスタージン、あなたの父です。母は『始まりの清き乙女』」
女性が登と視線を合わせるようにしゃがんだ。
「……俺の母親?」
ここまでの話からすれば、それが答えになろう。
「どうかしら?」
「え?」
女性は少しだけ悲しげに微笑んだ。
「仁として想像した世界、ジンとして創造した世界、ここは二重世界なの。バグのような世界だとジンは言っていたわ。私は仁の想像で子を成した。そして、ジンと生活を共にしていた」
登はさらに混乱していく。
「俺は想像から生まれた子なのか!?」
「本当にそうなら、異世界籍の生になるでしょ。そしたら、一緒に石化していたはず。石化させないためにジンが意図してこの町に住んでいた。仁とジンの子として、青龍の子として想像し創造されたの」
「……意味が分からない。なんのために、なぜ、俺を?」
登は訝しげに問うた。
なぜなら、登の生は意図したものだと分かったからだ。
「時が止まった異世界を救うために、仁はその異世界の理を変えようとしたの。現実世界と異世界を跨ぎ、『次元と時空を超えて生を紡ぐ』そうすれば、時が刻めると考えて」
女性が胸に手を当てて大きく息を吸い込む。
「こうやって、想いが繋がってこの世界は石化が解け、呼吸を始めたわ。登、あなたを仁の、ジンのお墓に連れて行くわ。そこに全ての答えがあるの」
「墓? え、ちょっと……仁はなぜ死ぬんだよ?」
登は混乱の極みになる。
「この世界を石化させるために」
女性の言葉に、登は絶句した。
ついさっきまで、ウィラスと話していたことだ。『なくなる』ことで石化する。
「……自ら、死を想像したと?」
本来なら、仁以外に想いが伝わっていないなら、透明化するはずの世界だ。だが、想いは赤子として具現化され、異世界から現実世界へと跨いだ。
想いは繋がっている。想像主が亡くなり、この世界は石化した。
再度、息を吹き返す時を待つために。赤子が『次元と時空を超えて生を紡ぐ』存在になり、異世界は理を変容させるために。
登は急激に頭が回転し、答えに……『真実』に辿り着いたのだ。
「勝手すぎる!!」
登は憤った。
「親のエゴで生み出される子の身にもなってみろ! ふざけんな、俺の生は駒なのかよ!?」
登は拳を握り締める。
「登様、落ち着いてください」
ウィラスが登の手を握った。
「きっと、登様のスケッチブックと一緒なのです。想いを紡いで生を与える。僕や麒麟は登様によって生まれましたが、駒だと思っていますか?」
「……いや」
ウィラスが微笑んだ。
「ただ、幼い俺が純真に紡いだ物語と一緒ではないはずだ。麒麟を駒にしようと想像なんてしていない。ただ、本当にただ想いを描いただけ。俺の生は……利用するためだろ」
登は女性に視線を投げると、町から住民がゾロゾロとやってきて、女性の背後に集まった。
皆、登を眩しそうに見つめている。
そういう物語を、仁が描いたのだろうか。ジンとして、この世界の役割を皆に伝えていたのだろう。始まりの清き乙女は、全てを知っていたのだから。
登は、綺麗に彩られたような物語の展開に後退る。創られた世界への拒否反応だ。登のための世界……登にはそんな重い現実を簡単に、『はい、そうですか』などと受け入れられなかった。
生まれたばかりの赤子に、『お前は世界を救う存在なのだ』と課すことだ。
「幸せを願うのではなく、壮大な責務を課すなんて……ハハッ」
登は自嘲した。
「どう違うんだよ? あの俺を利用した上司とさ」
いたぶる対象、駒として登を欲した。世界を救うために登を欲した。理由が高尚なら許されるのか?
登の胸に虚しさが押し寄せる。
始まりの清き乙女らの眩しそうに登を見つめる瞳に、薄ら寒さを感じた。
「現実世界と異世界の理は変容したわ、登。ジンのお墓に行きましょう。そして、新たな理で、異世界を救うのです」
これが、ゲームの中の話なら、壮大な展開に魅了されたのかもしれない。世界を救うべく選ばれた者、そんな想像の世界なら。
「ゲームのシナリオライター並みの想像だな」
登は酷く冷静な心境に変っていく。
「登様……」
ウィラスが心配そうに登を見上げている。
登はスケッチブックを取り出して、願いの泉を確認した。
渦巻きはまだ出現していない。だが、一瞬の発光が起こり、麒麟が出現した。
その展開に、始まりの清き乙女らが困惑し身を引く。
「どうした、導いてくれるのか?」
登は、麒麟を優しく撫でた。
その時、脳内に声が響く。
『主、我も出してくれ』
青龍の声だ。
登はなんの迷いもなく、手首を擦る。
「共にある時、出でよ、青龍!」
青龍も出現し、登を護るように低く飛んでいる。
登が使途する神獣が出揃ったのだ。
「青龍の子! ジンの想いを継ぐ者!」
始まりの清き乙女が両手を天に広げながら言った。
登がここに訪れ、青龍の鍵、仁の子であることが明かされる。そして、青龍が姿を現すのだ。始まりの清き乙女が、天に向かって高らかに告げる……そんな仁の想像なのだろう。
登は、仁の物語を忠実に紡ぐ者らに悲しさを覚えた。アンネマリーの方が、幸せではないかと。早く、この物語の呪縛から解放されるべきだと。
『導き』
登は瞳を閉じて心で呟いた。
ふわりと体が持ち上がり、心地よい毛並みに抱かれる。
登は麒麟の背に乗っていた。
「導きの時、向かえ、麒麟!」
「変化の時、出でよ、白龍!」
麒麟は天に駆け上がっていく。
青龍と白龍が麒麟と共に飛翔する。
「勇者はいつもこんな想いを背負っているんだな」
登は、憧れの存在がいかに残酷な呪縛の中で生きているのかと胸を締め付けられた。
「勇者一行に会いたいな」
村長レベルになってでも、その生の役割を全うしているのだ。
『祠だ、登』
青龍の声だ。
麒麟の向かう先には石の祠。そこが仁の墓なのだろう。
登と三神獣は、ゆっくりと下降した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます