第35話
さてさて、ヘルヴィウムとクライム、天照大神は願いの泉のほとりで佇んでいる。
「あれは、始まりの者よの」
天照大神が言った。
ヘルヴィウムは静かに頷く。
「現実世界と想像世界を跨ぐ子よの」
クライムがヘルヴィウムをハッと見る。
「もしかして、登は……青龍の?」
ヘルヴィウムが天を仰いだ。
「ええ、そうです。青龍を使途した異世界マスター『ジン』と、始まりの清き乙女との間にできた御子です」
「あのジンの子だったのか」
クライムが口を押さえながら言った。
「この溢れかえる異世界の未来を案じ、『始まり』を想像した者と『ゴミ箱』を答えとしたことと、どちらも異世界マスターの苦悩よの」
天照大神が言った。
「……ジンの想いは、想像を絶するものでした」
ヘルヴィウムが語り始める。
「ジンは……仁は陰陽師から異世界マスターになりました」
クライムは古代ローマのグラディエーター、浦島羽左衛門は下剋上時代の野武士である。
「この世界の始まりは、天照大神様がお詳しいでしょうが」
「そうよの、この世界こそ人の想いの産物、賜物よ。神話という世界じゃからの」
現実世界の人々が心の拠所にした世界なのだ。
「神から遣わされた神獣こそが、現実世界と異世界を跨ぐ存在となったの」
「ええ、四神獣が鍵になったのは、その想いが始まりでした」
天照大神とヘルヴィウムが遠い過去を懐かしむように言った。
クライムはそれを黙って聞いている。
人の想いがこの世界を作った。その基幹は普遍的に変らない。
現実世界と異世界は、互いに影響を与える背中合わせの世界なのだ。
例えば、極楽浄土を願う想いにより、その極楽浄土の異世界が現実世界と背中合わせで誕生する。
人の始まりと同時に、異世界は誕生していた。
「人々は心の拠所の世界を願った。そして、その世界と繋がる想いを抱き、神獣が生まれました。神が現実世界に遣わせた神獣の物語を想像したからです」
古来より、神が使徒した神獣の物語はある。神話ではよくある話だ。
「現実世界と異世界を跨ぐ役割が神獣にはあるの」
天照大神が言った。
「その姿のままでは跨げない。だから鍵となり現実世界へ異世界マスターと共に向かう」
それが古来の役割だった。
「ジンが異世界マスターになった頃は、神獣により現実世界と異世界は均衡を保っていました」
陰陽の時代なら特に顕著だったことだろう。
「そして、私が鳳凰、仁が青龍、クライムが白虎、羽左衛門が玄武を使途し、四神獣の鍵化が完成したのです」
「……ここ最近だよな、異世界マスターが増えていったのは。黒以外は系列色までできて異世界管理をしているのに、黒だけは増えない。それどころか」
クライムが言い淀む。
「ええ、それどころか、黒は青龍と玄武を失いました」
黒だけが、四神獣の鍵が欠損していたのだ。
「ジンはなんで……」
クライムがヘルヴィウムに視線を投げた。
ヘルヴィウムが小さくため息をつきながら、首を横に振った。
「創造世界で死を選び、生を紡いだかよの」
天照大神が核心を告げる。
「溢れかえる異世界の時を動かすためです。『次元と時空を超えて生を紡ぐ』、ジンが出した答えでした。現実世界と異世界の理を変えることになると考えたのです」
ヘルヴィウムがクライムを見ながら言った。
「そうよの、異世界は溢れかえっている。時を止めたままの異世界が。時が止まる理を変えることを、あやつは……登の父親は考えたのじゃ」
天照大神もクライムに向いている。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。頭がこんがらがる。言っている意味がわからないって。ジンは自身の創造世界で、現実世界のような営みをして死んだ。異世界マスターから逃れたかったのだとばかり」
クライムが知っているのは、ジンが自身の創造世界に入り浸り、異世界住民と結婚し子をなしてしまったこと。ジンは子の命をヘルヴィウムに託し、自身の死の想像を終え、創造世界を自らの手で石化したことである。
奇しくも羽左衛門の引退後のことだった。クライムは、ジンが同じ轍を踏んでいるようで腹立たしかったし、悔しさもあった。
「ええ、私も赤子を託されるまでは……ジンの想いに気づきませんでした。彼は、現実世界にも異世界にも籍を置く子に想いを繋げたのです。登に」
ヘルヴィウムが大きく息を吐き出した。
「登は、始まりの者。ジンの想いの結晶です」
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