第32話

「さて、『声』のマスターだったかな?」


 ヘルヴィウムが影にではなく、ファレイアに向かって言った。


「そいつら、『神』って思わせてたけど、ゲート開いてタブレット持ってたから、異世界マスターだと思うけど」


 登はさらりと告げる。

 ファレイアが苦虫を噛みつぶしたかのような顔つきになる。


「……『神』として派遣させた」


 ヘルヴィウムが勇者代行や、魔法公爵として異世界に行ったように、『神』として『声』を派遣したのだ。


「あー、やっぱりな。あれだろ、あれ。死んだら、神様からギフトを貰って転生するような展開の? もう一度チャンスを的な? 間違った死だから、希望する生を与えるような?」


 登の想像は当たっていたのだろう、ファレイアがフンと鼻息を漏らした。


「あちゃー、なるほどね。『声』のマスターと『声』の神か。そりゃあ、バグるってもんよ」


 クライムが腕組みしながら、納得したようにうんうんと頷いている。


「俺は、そんなつもりは」

「なくても、事実こうしてバグって暴走したのです」


 ファレイアをヘルヴィウムが諫めた。


「……すまねえ」


 ファレイアは項垂れた。


「それさ、言いづらいんだけど、俺を『やっと黒を飲み込める』って言って引き込もうとしていた。つまりさ」

「もしかして、黒以外で引き込まれた異世界マスターがいると!?」


 登の言葉にヘルヴィウムが問い返す。

 クライムがすぐにタブレットを確認している。

 ファレイアは顔が青ざめている。


「いや、異世界マスターの失踪はない。待てよ……」


 クライムがハッとして、ヘルヴィウムと視線を交わした。


「引退マスターでしょう」


 ヘルヴィウムの言葉に、クライムはすぐに検索をかけた。


「……引退マスターが七人、異社会管理保険組合の福利厚生旅行中だぞ。金銀銅の幹部と残り四人、うん……青赤黄白の引退マスターだな」


 ファレイアの顔色は土色に変わってしまった。


「ヤバい。俺……どうしたら」


 ファレイアは、透け透け影を見回す。


「飲み込まれ、ゴミ箱に入り、復元され、上書きされたのですから、元に戻すには……」


 ヘルヴィウムの顔も苦悶している。


「俺、やってみたいことがあるんだけど」


 登はニッ笑った。




「念願の世界に来たってのに、顔面蒼白だな、ファレイア」


 クライムがファレイアの肩に腕を乗せた。

 ここは、登の創造世界『世界はたくさんの想いでできている』になる。

 タブレットが振動する。

 ファレイア以外が、確認した。

 ファレイアは恐れているのか、タブレットの確認を避けているようだ。


「でしょうね」


 ヘルヴィウムが言った。


「まあ、呼び出しくらうわな」


 クライムも続く。

 登は、同情するかのようにファレイアに視線を移した。


「な、なんだよ!?」


 登は、タブレットをファレイアに見せる。

 ファレイアは横目でチラリと画面を確認し、放心する。


「異世界マスター協会から緊急招集」


 そこには、五色の異世界マスター名が出されている。

 黒ヘルヴィウム、赤ファレイア、他の色のマスター名が載ってきた。

 増設の担当異世界マスターだろう。


「お、俺……どうしたら……」


 ファレイアが、ヘルヴィウムに助けを求めるように見つめた。

 ヘルヴィウムは、登へと視線を移す。


「それで、やってみたいこととは?」

「七つの影を、ここに投げ入れたい」


 登は、願いの泉を指さした。

 ヘルヴィウムが、懐から七つの回収瓶を取り出す。

 七つの影を回収して、ここに来ていたのだ。


「待ってくれ!」


 ファレイアが慌てたように口を開く。


「これ以上、おかしなことをすれば」

「これ以上と口にしているのですから、今までがおかしなことだと認識しているようで、何より」


 ヘルヴィウムが、ファレイアに恐ろしい笑みを見せる。

 ファレイアが項垂れた。


「ここは、登に任せた方がいいでしょう。七つの『神声異世界マスター』を狭間世界に誘ったのですから」


 天照大神も認めた願いの泉が、登を無世界から必要な世界に誘ったのだ。

 願いの泉は想いが繋がるゲート。必要な場に誘ってくれる力を持っている。

『真実の誘い』で、登は狭間世界へとゲートを潜ったのだから。


 つまり、登は七つの影を『真実の誘い』に任せれば、飲み込まれた引退異世界マスターが復活するのではと考えている。

 ヘルヴィウムが、登に回収瓶を渡した。

 登は、回収瓶を願いの泉の周囲に置く。

 そして、大きく深呼吸して瞳を閉じた。


『導き』


 脳内に麒麟の姿が現れる。

 登は、ゆっくり瞳を開けた。

 金色に輝いて、麒麟が願いの泉の水面に佇んでいた。


「真実への導きの時、誘え、麒麟!」


 登は、回収瓶を次々願いの泉へと投下した。

 全てを投下し終えると、麒麟がピョンと飛躍してから願いの泉へと消えていった。

 願いの泉が発光し、一瞬で静かな水面へと戻った。


「おい、消えちまったぞ、なあ、もっとヤバい状況じゃねえかよ」


 ファレイアの声が萎んでいく。完全に涙声である。


「必要な場に、麒麟が導いてるはずだから」


 登は、願いの泉に微笑みながら言った。

 タブレットがまた振動する。


「黒と赤は、すぐ来いってさ」


 クライムがタブレットを見ながら言った。


「ファレイア、行きますよ」

「嫌だ!」


 ファレイアは、駄々っ子のようだ。

 ヘルヴィウムが恐ろしい笑みで、ファレイアの首根っこを掴んだ。


「離せ!」


 ヘルヴィウムが、登にニッと笑う。


「必要な場に誘われるんですよね?」


 ファレイアを、ヘルヴィウムが泉の水面へと持ち上げた。

 登は、願いの泉の意思がわかる。何やら、嬉しげに渦を巻き始めた。


「ま、待ってくれ! 心の準」


 バチャン

 準備までは声は残らなかった。


「さて、私も向かいましょう。ファレイアだけに安全確認を任せられませんし、私も誘ってもらいます」


 ワープと同じく、ヘルヴィウムは願いの泉を確認するようだ。


「クライム、後は頼みました」

「了解」


 クライムが敬礼している。


「登はここで待機してください。もしかしたら、異世界マスター協会が登を呼び出すかもしれませんし」

「了解」


 登もクライム同様に敬礼してみせた。


「じゃあ、頼みました」


 願いの泉が渦を巻き始める。

 ヘルヴィウムが願いの泉に足を踏み入れる。

 ヘルヴィウムは一瞬で吸い込まれた。


「よし、俺はモンスター天国にいるから」


 クライムがゲートを開いて飛び込んだ。



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