第31話
狭間世界にヘルヴィウムとクライムは立っている。
『申し訳ありません』
無機質なAIだろう声が響く。
「まあ、バグってどこの世界にも存在するわけだし」
クライムが言った。
「バグでなく、暴走なのでしょう」
ヘルヴィウムが言った。
『管理上、ゴミ箱行きを答えとしたようです』
AIが変調のない声で言った。
円形のステージの周囲に七つのゴミ箱と、黒のステージが浮かんでいる。
「人工知能(AI)がそう判断したのも頷けます。膨大な異世界データを軽くするには、ゴミ箱行きが妥当でしょうし」
ヘルヴィウムが顎を擦りながら言った。
さて、そこに新たな人物が登場する。
「チッ、来てやったぞ」
ファレイアだ。
ファレイアは、すぐに周囲の様子を探ると顔をしかめた。
「……ゴミ箱?」
クライムがファレイアの隣に並び、肩を組んだ。
「そうそう、ファレイアが希望した増設が、バグって暴走してゴミ箱を答えにしたらしいぞ」
ファレイアが『え?』と声を漏らし、ヘルヴィウムを見る。
ヘルヴィウムが肩を竦めた。
「ファレイアのせいではありませんから、気にしないでください」
ヘルヴィウムもファレイアの肩を軽く叩く。
「本当に、気にしないでくださいね。新米異世界マスター登が、バグに連れ去られましたが、ファレイアが気に病むことではないですよ」
ヘルヴィウムが、ファレイアの顔を覗き込むように言った。
ファレイアの頬が引きつる。
「確かに、ファレイアの提案通りに、容量を上げて各色の狭間世界を増設しました。今までの狭間世界のステージを中心とした、色別のステージをね。管理上、有効でしょう。ですが、もちろん、承知していましたよね? 安全が確認されるまで、慎重に運営するようにと。仮起動なのだと」
ファレイアがダラダラと汗を流し始めた。
ヘルヴィウムは、さらに続ける。
「ワープ一つでも、私は安全確保を怠りませんが……ファレイアはスリルを味わいたいタイプですね」
「あ、いや、そのな……えっと」
ファレイアの目が泳ぎ出す。
「何をしました?」
ヘルヴィウムは、ファレイアの顔面スレスレで言った。
「ゴミ箱の蓋、開かないんですよ。開け方を教えてくれますか?」
『復元、復元、復元、復元……』
AIが突如声を出す。
ヘルヴィウムもクライムも、ファレイアから視線を外した。
ゴミ箱の蓋がパカッパカッと開いていく。
ステージの復元と共に、ステージ上に影が現れた。
「……影はあるが姿なしですか」
ヘルヴィウムが赤のステージ、つまり赤の狭間世界に飛び移った。
すぐに影がヘルヴィウムから距離を取る。
影ではあるが、透けるように薄い影だ。まるでオーガンジーのような透け感のある影だ。
他に復元されたステージも、同じ光景になっている。
共有しているかのように。
「お、俺が繋げたわけじゃないぞ! 俺はただ『声』だけの異世界マスターを創造しただけで、そいつが勝手に動き出しちまったんだ!」
ファレイアが叫んだ。
「ファレイア、頭に刻んでください。世界を動かすのは『想い』です。物体として存在しませんが、必ずそこに在るものです。『声』も存在しませんが、『想いのない声』が世界を動かせはしないのです」
ヘルヴィウムの言葉にファレイアが唇を噛む。
「この異世界を守っていきたいという前提の『想い』があるからこそ、管理するのです。生まれたての知能が、この異世界を管理しようと答えを探せば……」
ヘルヴィウムが影を見る。
「ゴミ箱って答えになるってこと」
クライムが、ファレイアに向かって言った。
単なる更新のないデータとして異世界を判別すれば、ゴミ箱行きの答えを出したということだ。前提の守っていきたい『想い』がないのだから。
「違う!!」
突如、影から声が出る。それも、七人分の声だ。
「空っぽだから、飲み込んだんではない!!」
ヘルヴィウムもクライムも、ファレイアも声の発言に首を傾げた。
「おい、見習い」
狭間世界の天高く、ゲートが口を開く。
そのゲートは、中心の狭間世界と周囲のステージを上回る大きさだ。
「登、無事でしたか!」
ヘルヴィウムがグッと親指を立てながら言った。
登は、中央のステージに降り立つ。
透け透けの影がいっせいに、登を得ようと手を伸ばして中央ステージへと向かう。
ヘルヴィウムも中央ステージへと飛び乗った。
「薄いな、見習いども」
登は七つの影を挑発した。
登とヘルヴィウム、クライム、ファレイアは、七つの影に囲まれた対峙だ。
登は、ヘルヴィウムの耳元でコソッと告げる。
ヘルヴィウムが、頷きニヤッと笑った。
「上書きの時、出でよ、鳳凰!」
ヘルヴィウムから鳳凰が出現し、各色ステージを中央に引き寄せていく。
クライムも、すぐに反応する。
「上書きの時、出でよ、白虎!」
鳳凰と白虎が躍動する。
登も同じく青龍を出現させた。
各色のステージは、徐々に中央へと重なっていく。
透け透けの影らが慌て出し、それぞれのステージへと引き返していく。
籍を置く世界だからだ。
「ファレイア、『分離の時』です」
ヘルヴィウムがファレイアに向かって言った。
ファレイアは頷く。
「分離の時、出でよ、玄武!」
玄武が出現した。
透け透けの影を創造した者の号令に、抵抗する力はない。
影らはステージから分離され、玄武の背に乗り、中央に引き戻された。
それと同時に八つのステージも中央と重なる。
『上書き更新しました』
狭間世界に無機質な声が響いた。
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