第30話

 表記がさらに更新している。

 登はタブレットから、七人に視線を移した。


「……金銀銅と、青赤黄白」


 さっきまでは真っ黒の仮面だったが、七人は色の違う仮面をつけている。

『無世界』の中で、七つの仮面の色だけが異様に際立つ。


「で、今度はどんな顔を見せてくれるわけ?」


 登は七人を見回しながら言った。


「我らには『想いの造形』はない」


 金仮面の男が言った。

 登は麒麟を思い浮かべる。

 想いによる造形のない者、クライムや登の身体の自由を奪う力を有する者……。

 登は首に手を当てる。天照大神の神力を登は経験済みだ。


「……麒麟以上に想いが定まらない造形は、神しか思い浮かばない」


 登は、想像世界に登場する『神』が脳内に出てきた。

 天照大神とは違い、物語の中心に存在しない『神』、名ばかりの存在、……造形のない神は想像される。例えるなら、声だけの『神』も存在するのだ。


 考えれば、この『無世界』は死を迎えた主人公が、声だけの『神』に新たな生を授けられる場に近い気もする。そんな想像を始まりとする物語は多い。

 特殊能力を授かる場になったり、復讐劇の幕開けになったりする、最初の見せ場を登は想像した。


「さあな。我らは造形のない想いの具現化でしかない。それを、神と称するのは、我ら自身ではない。全てが想いからの産物だ」


 造形がないと言いながら、具現化とはおかしな言い回しだ。


「それで、俺に何の用?」


 登は金仮面の者に問う。

 金仮面の男はタブレットを掲げた。


「異世界マスター、登よ。現実世界と異世界の均衡が崩れ始めている。これ以上の融合は、境界線をも壊しかねない」


 掲げられたタブレットが振り下ろされた。

 タブレットの残骸で、そこが床となる。

 床が奇妙な蠢きを始める。

 残骸が引き込まれ、無世界だった空間に色が出現した。


 様々な色が空間を侵略していく。そして、ゆっくりと造形が浮かび上がった。

 神殿や社、神域といった現実世界の造形が、周囲にとぐろを巻くかのように変化している。

定まらない想いの造形が、暴走しているかのように。


 そして、登の足を引き込むように空間が歪んでいく。


「なっ!?」


 登は助けを求めるように、顔を上げる。

 だが、そこに七人の存在は無くなっていた。


「ここだ」


 登は、足元から聞こえた声に驚愕した。

 登を引き込もうと、七人の腕が登の足を掴んでいたのだ。

 空間と同一化した七人が、登を徐々に引き込んでいく。

 登は咄嗟に、手首を擦りゲートを開く。


「開く時、出でよ、ゲートウェイ!」


 光の輪が現れたが、空間がゲートを歪ませた。とぐろを巻くような蠢きにより、ゲートが造形を成さない。


「嘘だろ……」


 登は、腰まで空間に呑み込まれている。


「もう、遅い。我らは我らに全てを取り込んでいく。それが我らの創造世界よ!! やっと、やっと黒を呑み込める」


 登はヘルヴィウムの言葉を思い出した。黒は全てを呑み込む色。

 そして、唯一なかった仮面の色だ。


「あんたら、何が目的なんだよ!?」

「現実世界を上回るほどの異世界の管理など愚行だと思わんか?」


 七人の声がこだまする。

 登は、腰まで引き込まれながらも思考を回転させる。


「それこそ、異世界マスターの仕事だろう!」


 七人の声が鼻で笑った。


「ああ、その通り。だから我らも仕事をしている。異世界マスターを呑み込み、世界を統合するという崇高な管理だ」


 そこで、やっと登はこの七人の創造を理解した。

 異世界マスターらには、世界を創造する力がある。この七人は、異世界マスターを呑み込み、管理下の異世界を一つに集約しようとしているのだと。『無世界』の中へと。

 それはまるで、宇宙に存在するあれのよう……。


「ブラックホールかよ!?」


 登は焦りながらも、突っ込んだ。


「『無』に帰するだけ。我の懐に抱かれれば、全てが『始まり』前に還るのだ」


 まさに、神域にでも誘うように七人が声を揃えた。


「お前ら……神ではないな?」

「我らが、いつ神だと名乗った?」


 登の問いを嘲笑うかのように七人の声が返答した。

 登も負けじと嘲笑を返し、口を開く。


「間違えた、神がタブレットを扱うわけないか。空っぽの……単なる見習いマスターか?」

「貴様!」


 七人の声が怒声に変わる。


「『無』という空っぽだから飲み込みたいわけか」


 登は嘲笑した。

 登を掴んでいた七人の手が、わなわなと震え出す。

 その隙を登は見逃さない。懐からスケッチブックを取り出す。


「誘いの時、応えよ、願いの泉!」


 登はスケッチブックを開き、願いの泉に手を触れた。


「なぜだぁぁぁぁ!!」


 眩い光に包まれ、願いの泉が渦を巻きながら、登を空間ごと誘った。


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