真実への誘い
第33話
慌ただしかったさっきまでとは違い、森に静けさが戻る。
そよ風が吹き、木々がヒソヒソと話すように葉が揺れた。
登は、大きく深呼吸しながら空を見上げた。
ツリーハウスから顔がひょこんと出る。
「何か大変だったんですか?」
ウィラスが登に問うた。
「うーん、大変だったのはファレイアかな」
登は、ウーンと背伸びしながら答えた。
「ファレイア?」
「赤の異世界マスターで、さっきまでここにいた赤髪の男だけど」
「ああ、はい」
上から見ていたのだろう。
ウィラスは、ツリーハウスから飛び降りて着地した。
「登様は、行かないのですか?」
ウィラスが願いの泉を覗きながら言った。
「いや、俺は待機らしい……ん?」
ウィラスが登を見上げ、願いの泉を指差している。
登は願いの泉を覗いた。
「俺も、呼ばれているのか?」
願いの泉がまた渦を巻き始めていた。
渦巻きが次第に大きくなっていく。
『真実への誘い』、願いの泉が呼んでいるのだ。
「俺への誘いか?」
「みたいですね。僕も一緒に行きたいです」
ウィラスが登を見上げる。
行き先は異世界マスター協会だろうかと、登は首を傾げた。
「わかった」
登は手首を擦る。
「収まる時、白龍の輪!」
ウィラスが登の手首に収まった。
『始まりの者よ。自身を知る時ぞ』
登の脳内に声が響く。
願いの泉の声だ。
「始まりの者……」
幾度か感じていた違和感を思い出す。
天照大神とヘルヴィウムの会話だ。
『始まりの時を知るが良い』
願いの泉が光った。誘いの時になった合図だろう。
登は願いの泉に足を踏み入れた。
「ここは?」
登は誘いの場に立っている。
どう見ても、異世界マスター協会ではなさそうだ。
「石化している」
見渡す限り、その世界は石化していた。
「放置異世界か」
手首が熱くなるのを感じ、登は白龍の輪を解放する。
「変化の時、出でよ、ウィラス」
ウィラスが登の横に現れた。
「この世界……石」
ウィラスが登に身を寄せた。
確率異世界で生きてきたウィラスには、衝撃的だろう。
「多くの想像世界は、大半が想いを繋げず石化、風化、透明化するんだ」
「そん、な……、世界はたくさんの想いでできているのに?」
ウィラスの瞳に涙が溜まっている。
「想いがあるから石化して残っているんだ」
放置され、時が止まってしまう。動かずの世界は石化する。その時まで想像し、描き上げた想いがあるからこそだ。
「じゃあ、風化や透明化は?」
「風化っていうのは、現実世界でいうところの消しゴムかデータの削除、投棄らしい」
異世界マスター駆け出し中の登は、ヘルヴィウムからそう習っている。わかりやすい例えだった。
「登様も私を消せる?」
ウィラスが不安げな瞳で問うた。
確かに、創造主である登がスケッチブックを消していくと、風化になるだろう。
「しないって。それに、風化もすぐに消えることはないんだ」
現実世界の想像主が想像世界を公表していたら、想いは繋がる。誰かの記憶に残っていれば、おぼろげな世界として残っていく。
つまり、WEB上で公表されたような想像世界は、想像主が削除しても想いが繋がっていることもある。想像世界を読んだ者が、おぼろげに心に留めていたら。
それが風化である。
「透明化は、自分以外の誰にも想いを伝えていない世界になる。想像主しか想いが繋げない世界。つまり」
「想像を……想いを止めちゃうと、透明になるってこと?」
ウィラスの言葉に登は頷いた。
「最近の想像世界は、石化や風化が多いらしい。誰かの心に、その世界がある間は消えたりはしない。想いが消える、なくなるまで、こうして世界は存在する」
想いが亡くなると言った方が正しいが、登はウィラスには言わなかった。
想像世界は、想像主が亡くなれば同じく無くなってしまうことが多い。想像主の他に誰かの心にあれば存在はするが、やがてそれも『なくなる』のだ。
放置異世界、完結を迎えることなく時が止まった異世界。いつしか、誰の心にも残らずそっと世界が終わる。
そんな異世界が、今溢れている。ヘルヴィウムは、増えるばかりだと言っていた。今や、想像世界は、WEB上に生み出され続けているのだ。
想いが『なくなる』には、長い年月がかかろう。想いがなくなっても、デジタルで刻み込まれた放置異世界は存在し続けられる。
今後の異世界管理の課題になるともヘルヴィウムが言っていた。
溢れかえった異世界を、AIがゴミ箱行きの答えを導き出したのも頷ける。現実の想像主と同じことをしたまでなのかもしれない。データ(想像)の削除という。
登は、石化した町を歩き出した。
ウィラスが登の服を掴みながらついてくる。
「なんか……」
登は呟きながら、妙な懐かしさを感じていた。
「神話の世界か?」
日本古来とも中華風ともとれる衣服を身につけた石の人々。
天照大神に近い雰囲気を醸し出している。
天空城を思わせるような高床式の殿を中心に、古風な建物が並んでいる。
もちろん、行ったことはないが邪馬台国のようだと登は思った。
「だから、懐かしさを感じるのか?」
そんなことを登が思っていると、町の外れで石化した人が目に入った。
町には他にも石化した人はいたのだが、皆町の風景として存在している。ただ、その人だけが、外を向いていたのだ。
登は気になって近寄った。
なぜか、ドクドクと鼓動を感じる。
「女性?」
長い髪を軽く束ねているのがわかった。石化で単色の人を見分けるのは難しい。
登は、女性の背後から回り込んで前に立った。
ドクン
大きな心の振動が起こる。
フラッシュがたかれたかと思うほど、その場面が登の脳内に映し出される。
「ここに、誰かが立って何か話していた」
登は、黒服の男と必死に何かを訴える女性の映像が浮かんでいた。
頭を振って、目頭を押さえる。
また、フラッシュがたかれた。
「赤子を渡した?」
見覚えのある黒服、それを登自身も身につけている。
黒の異世界マスターに、女性が赤子を差し出している。
登は、グワングワンと頭が回ってくる。
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