第23話
登はギルド街に光る看板を見る。
『悪役令嬢ギルド・主人公』『悪役令嬢ギルド・脇役』『悪役令嬢ギルド・聖女』……どうやら、悪役令嬢ギルド街のようだ。
「一丁目が『悪役令嬢街』で、二丁目が『聖女街』、三丁目が『王妃街』、四丁目が『メイド街』、五丁目が」
「いや、もう見れば分かるから」
登はヘルヴィウムの案内を断る。
街には異世界マスターがタブレットを確認しながら、派遣する者を決めているようだ。
「ここができるまでは、異世界マスターがブラック職業でしたよ」
ヘルヴィウムが言った。
ギルドができるまで、保護した異世界住民は異世界マスターが管理していたからだ。膨大な人数になった異世界住民を。
「異世界マスター下にない異世界住民はどこに住んでいるわけ?」
登はふと疑問に思い口にする。
「基本的には確立異世界になります。それから、各組合の創造世界にも。異社会保険組合もここもその類いですね。ギルド所属の者だけでなく、各組合や協会を運営するための仕事をしている者もいます。ギルド所属員は派遣社員、組合運営員は会社員みたいな感じです」
それで、ギルドの元締めは社長、異世界マスターは……個人事業主になろうか。
「へえ、現実世界みたいだな」
「いえ、同じ姿に見えても、同じ風景であっても、異世界が現実世界と同等になることはないのです」
ヘルヴィウムが少し悲しげに言った。
アンネマリーも眉が下がっている。
「異世界を跨いだ放置異世界住民は、不老不死となるのです。赤子は赤子のまま、成長することはありません。もちろん、少年が青年になることもなく……」
ヘルヴィウムがアンネマリーを促す。
「私は、ずっとこのまま。悪役令嬢のまま変わらない。刻が止まったまま動かない生なの」
登はあまりの衝撃に言葉がうまく出ない。
「え? ちょ、どういう……勇者は?」
登は、以前年老いた勇者に会っている。
「異世界の住民には、二種類あります。確立異世界の住民と、放置異世界から保護された住民。確立異世界の住民は、時を刻めます。その異世界は存在しているから、時の経過が存在するので。そして、その世界での命の在りように従います」
「勇者……勇者は刻を刻める。でも……」
年老いた勇者の姿を登は思い出していた。
「確立異世界の住民は、老いもあれば死もあります。勇者のように現実世界の想いが繋がっていれば不死としての生も存在します。しかし、放置異世界は想いが消えた世界なのです。その住民は無死になるか、不老不死として異世界を跨ぐかなのです」
登の頭に『想いの造形』が浮かぶ。現実世界の想いによって、異世界は存在しているのだ。想いがなくなった放置異世界には、造形は存在できない。透明化や石化からの風化は、それを意味するのだ。
登はアンネマリーを見た。
「老いも死もない?」
アンネマリーが哀しげに微笑む。
「人が……現実世界の人が焦がれる不老不死なんて、呪縛でしかないわ。今が輝くのは過ぎる時があるから。今が苦しくても過ぎる時があるから。私に過ぎる時はないの。だから、こうやって誰かの時に身を置きたくなる」
アンネマリーは登の時を共にしたいのだ。
「そうやって、不老不死を紛らわすためにここがあるのです」
ヘルヴィウムがギルド街を見回す。
止まった自身の時から、動いている異世界に働きに出る。
「どうやっても時は進まない?」
登の問いに一瞬、ヘルヴィウムの反応が遅れる。
「ええ」
「じゃあ、俺は? 浦島友也は? 浦島羽左衛門は?」
登は矢継ぎ早に訊いた。
「現実世界は放置されませんから、時は進みます。ですが、異世界で過ごした時間は現実世界ではほぼ加算されません」
つまり、登は異世界に留まれば留まるほど、現実世界では年を取らなくなるのだろう。
長年留まっても、一つの異世界は現実世界では一日換算だからだ。
「羽左衛門は、現実世界に戻ったので時を刻めます。友也はゲートが現実世界へ誘いましたから、現実世界の時に生が移っています」
現実世界に住んでいる異世界住民は、皆ゲートの意思によって不老不死の呪縛から逃れられた者になる。
登は、少し思案してから問う。
「つまり、現実世界にいけば時を刻めるかもしれない?」
現実世界は当たり前だが、放置される世界でない。言い方は妙だが、生きている創造を繰り返す世界であり、時が過ぎる世界だからだ。
「だから望むのよ、私もゲートに誘われたいって。そうしたら……終わりある人生を歩めるから」
アンネマリーの言葉に、登は胸が締め付けられた。
『終わりある人生』という言葉に。
不老不死の苦痛、いや呪縛から逃れられないのだから。
「現実世界にある異世界繋がりの人は、ゲートが誘ったからこそで、実際に異世界住民が現実世界に住むことは禁忌とされています。特殊能力が身についた異世界住人が、現実世界になだれ込めばどうなるか……登なら想像できませんか?」
その境界線を越えれば、きっと世界は崩壊するだろう。隔てねばならないデッドラインだと、登は思った。
浦島友也を思い浮かべる。彼は特殊能力などなく、現実世界でも順応できるだろう。
それが、ゲートの意思なのかもしれない。
「まあ、アンネマリーのように仕事として現実世界に派遣されることは多々あります。それこそ、住居は異世界で仕事場が現実世界の者もいます」
「ああ、あれか。ヘルカンパニーだっけ?」
登は依然耳にしたことを思い出す。
異世界繋がりの場や仕事のみ派遣できるのだ。
「ええ、異世界と現実世界は境界線こそありますが隣り合った世界で、互いに影響し合う世界ですから」
ヘルヴィウムがタブレットを掲げる。
それこそ、想像される異世界は現実世界が色濃く反映されるのだ。
「適応しなきゃ、異世界も管理できないからだろ?」
平安時代だったならタブレットなど存在しない。その時代の正確な情報は、現場に行かねば分からないし、情報はアップデートできない。
今の異世界では、AIもタブレットも常識なのだ。コンビニだって異世界に存在するのだから。
「そうなると、異世界住民は増えるばかりなんだな」
「ええ、管理体制を整えてなんとか保っていますが……」
このギルド街も管理体制の一部なのだ。
放置異世界が透明化や石化、風化で無になるなら、そのまま放置した方が楽だ。しかし、現実世界と同じで遺構はそこにある。なかったことになどできない。
登は、アンネマリーを見る。この生を放置……見殺しにできるだろうか。
「想いを掬う……救う」
異世界マスターは救急のような感じなのかもしれないと、登は感じた。
現実世界のトリアージとは正反対の決断を異世界マスターはしているのだ。
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