異世界を跨ぐ
第21話
「ふわぁ」
登は欠伸をする。
『願いの泉』に麒麟を託して、現実世界に戻っていた。
麒麟の住処を想像するにも、麒麟自体を想像できず住処も脳内で描けなかったのだ。
『願いの泉』が登の感情に反応し、金色のゆりかごを宙に浮かばせた。
登の創造世界でありながら、『願いの泉』には確立異世界としての意思があるのだ。
登は、ゆりかごに麒麟をソッと寝かせてゲートを潜った。
懐からタンザナイトを取り出して青龍を確認する。『石』に包まれた青龍が丸まって眠っていた。
「『想いの造形』か」
タンザナイトをしまい、部屋の片隅に置いてあるスケッチブックを手に取る。
表紙をめくり、眉をしかめる。
そこには、幼いサトルとミサと自分が笑っている絵が描かれていた。登の想いが詰まったスケッチブックだ。何を描いたのかめくらずとも分かる。
「新しいスケッチブックが必要だな」
麒麟の造形を描くために。
そこで、登はスマホを検索し麒麟について調べる。
「……体が鹿で、顔が龍? 馬の蹄に牛の尻尾だと? 鱗があって、金色の毛並み?」
登は脳内で描こうとするが、頭を振ってやめた。
「まあ、あの缶ビールのやつが有名か」
だが、酒を嗜まない登はふわりとした造形しか描けない。
「なるほど。人の想いが麒麟を造形できないから、誕生しないのか」
青龍の言葉を思い出し、登は頷いた。
登は、文房具店から帰宅するとスケッチブックをすぐに開く。
最初のページに書く文字は決まっている。
『世界はたくさんの想いでできている』
ウィラスが口にした言葉だ。
『世界は七つの色でできている』の次のシリーズになる。
幼い頃の自分を思い出し、登の頬が緩んだ。
登は、三十六色の色鉛筆から七色を取り出す。
最初に描くのは、『願いの泉』から空へと続く七色の虹。
それから、ウィラスの住処や青龍の住処を描く。
「上出来」
登は描き終えた表紙に満足した。
次のページをめくる。
真っ白な世界に金色の毛玉を描いた。
これで、登の創造世界では物体として存在できるだろう。
登は、麒麟の誕生を描くことにした。
「獣の全てを体現している麒麟。命ある全てを慈しむ優しい光のような獣」
登は、自分の想いを口にする。
瞬時に思い浮かぶのは宙に浮かぶ姿。導くように先導する優しい瞳。
「そっか。道しるべ……」
麒麟が稀であるのは、想いに応えて導く存在だからだろう。姿が現れるのは、想いが溢れるときにだけ。
金色の毛玉が呼吸をし出す。登の想いが姿を麒麟に与える。
登は色鉛筆をスケッチブック一杯に走らせた。
知識としての麒麟が、何を現すか。
それをスケッチブックに表現する。
登が感じたものは、獣の全てを麒麟が宿していることだ。鹿やら馬やら牛、龍に鱗……現実世界や異世界全ての命を体現した生き物が麒麟であると。
「……おめでとう」
誕生したばかりの麒麟に、登は思わず呟く。
描かれた麒麟が産声を上げたかのようにふわりと光った。
ヘルヴィウムがポカンと口を開けている。
「麒麟ですね」
「ああ、麒麟だけど。何か変か?」
登は呆けるヘルヴィウムに首を傾げる。
「ほんの少し前まで、存在さえ危うかった神獣ですよ? それが、こんなに立派に存在しているのです! びっくりするのは当たり前でしょう」
ヘルヴィウムが呆れたように登に言い放った。
「そうか?」
「せっかく、麒麟の存在する確立異世界に向かおうとしていたのに……」
登の麒麟飼育を援護するためだろう。どう誕生させるか、麒麟を目にしなければ本来なら『姿形』を想像できないものだ。
「よお」
ヘルヴィウムの頭上に、ゲートが開きクライムが顔を出した。
「平安異世界の準備が整ったぞ」
麒麟が存在するなら、やはり陰陽時代になろう。もしくは中華世界が妥当か。
クライムがヘルヴィウムの横に立った。
そして、ヘルヴィウムと同じくポカンと口を開ける。
「こ、これ……」
クライムが麒麟を指差す。
「麒麟だよな」
これまたヘルヴィウム同様に口にした。
「俺の『想いの造形』で誕生した麒麟だけど、何か変?」
登は麒麟のたてがみを撫でながら問う。
「まあ、変であっても異議は受け付けないけど」
ヘルヴィウムとクライムが閉口した。
もう言葉にならないのだろう。
「はあ……ちゃんと『石』は用意してください」
唯一それだけを、ヘルヴィウムが口にしたのだった。
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