種
第10話
起きた時間が出勤時間だ。
登は欠伸をしながら、カーテンを開けっぱなしにした窓から外を確認した。
「会社、行くか」
簡単に支度して、いつものように冷蔵庫からポーションを出して一気飲みする。
壊れた姿見を確認し、玄関を出る。
「眩しいな」
ちょうど朝陽が登を照らしていた。
一、二、三歩で登は出社完了した。
『異世界ゲートウェイ』
「扉を開けると……」
登はハチマキ姿のヘルヴィウムとバチッと瞳が重なった。
つまり、『ヘルヴィウムのモンスター天国』である。
「登、ちょうど良いところに来ました」
「いや、俺帰ろうかな」
見るからに何やらおかしいことこの上ない。
ヘルヴィウムは、土を耕しているのだ。どう考えても、異世界マスターの仕事とは思えない。
「手伝ってくださいよぉぉ」
ヘルヴィウムが登の両手首をガシッと掴む。
「種が売り切れで、クレームの嵐なのです。早く出荷しないと、他のマスターから圧が……」
「種?」
「ええ、種ですよ。マジックアイテム『種』。知っていますよね?」
「いや、皆目見当も付かないけど?」
登は老村の道具の棚を思い出す。確かに種の棚はあったようなと首を傾げた。
「『変身の種』が在庫切れでして。早急に出荷しないといけなくなりました。種がないと変身できないので、管理に支障が出るのです」
「飲料系にはないのか?」
みなぎる赤とか、きらめく青だって変身している。
「変身は外見なのです。『陶器のように滑らかな肌、緩く流れるストロベリーブロンド、神秘的な瑠璃色の瞳』などと想像主は好き勝手に妄想しますから、そんな姿に変身するアイテムがいるのです」
ヘルヴィウムが肩を落とす。
「だいたい、ストロベリーブロンドってなんですか!? 最近の想像主は夢想が無双過ぎてついていけません」
登は腹を抱えて笑う。確かに現実世界で存在しない容姿である。
「ここ最近の形は、突っ込みどころ満載だよな」
「それこそ、想像の面白みなのですが、こうも多彩な容姿を描かれてしまいますと、派遣に支障が出るのです。品種改良し『変身の種』というオリジナルブランド品で売り出したら、飛ぶように売れまして」
ヘルヴィウムがため息をつく。
「こんなに忙しくなるなら、開発しなければ良かったですよ」
「そっか、じゃあな」
登はすかさず右手首を擦る。
「飛翔の時、出でよ、飛龍」
右手から出た飛龍に乗り、青龍の住処に向かった。
これもヘルヴィウムから教わったようなものだ。異世界マスターは神獣使いでもある。
眼下でヘルヴィウムが何やら叫んでいたが、登は気にしない。
老村の裏山に青龍の根城がある。水晶の洞窟に青龍は眠っていた。
登の気配に気付き、青龍が目を開ける。
「よお」
ひげが嬉しそうに動いた。
登は青龍のひげを撫でる。
「調子はどうだ?」
鱗がキラキラと輝く。嬉しい時のきらめきだ。
「そっか、そっか」
登はできる限り、胴体を撫でた。
「どうだ、やってみるか?」
青龍のひげが落ちる。鱗も輝きが消えていく。
「うん、確かに不安だよな。人を乗せて、飛翔するって勇気がいるもんだ」
登は、青龍の瞳を覗き込む。
「だから、俺考えたんだけど最初と一緒でさ、まずは地面からにしないか?」
青龍のひげがふわりと持ち上がる。鱗が控えめにきらめいた。
「そっか、そっか。頑張ろうな」
登は青龍を抱き締めた。
「お前の爪なら、深く耕せるだろうし」
ニヤッと笑った登と同様、青龍も嬉しそうにキュウィーンと鳴いた。
ドドドドドド
「上手い、上手い」
ドドドドドド
「その調子」
登は青龍の鱗を撫でる。飛翔はしていないが、地面を歩く青龍の背に乗ってヘルヴィウムの『マジックの種畑』を荒らして……耕している。
青龍は、ヘルヴィウムを一生懸命に追っている。
「登ぅぅ!」
ヘルヴィウムが叫ぶ。
「なんだよ、師匠?」
「なんで、私を追いかけるのですかぁぁ!?」
「そりゃあ、幼い龍は小さいものを追いかける習慣があるからじゃねえの?」
ブッホン
「あーれー」
青龍の鼻息でヘルヴィウムが飛んでいった。パタパタとマントがなびいている。
「うん、懐かしい光景だな」
登は、気分が晴れた。
異世界就職してから、ヘルヴィウムに嵌められっぱなしなのだ。少しぐらいやり返してもいいだろう。
「登もお人が悪い」
「お前ほどじゃねえ」
登の思った通り、ヘルヴィウムはマントをなびかせて宙に浮いていた。
まさに異世界だなと、登は思う。
「耕してくれてありがとうございます」
ヘルヴィウムが青龍の鼻先を撫でた。
「耕しすぎたか?」
登は少々やり過ぎたかと、周囲を見渡した。
「いえ、『変身の種』の需要からして畑を拡大しようと思っていましたので、助かりました」
登は、青龍から降りる。
ヘルヴィウムも足を地面に着けた。
「空で遊んでおいで」
登が優しく声をかけると、青龍は飛翔した。
「人乗りの練習を地面からするとは、考えましたね」
「まあな」
「さて、『変身の種』の材料集めに行きましょう」
登は嫌な予感に襲われる。
ヘルヴィウムに着いていくと大変な目に遭うのだから。
それが仕事なので、しょうがないのだが。
「やっぱり、行き先は」
「異世界ですね」
「だよな」
ヘルヴィウムがゲートを開いた。
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