第11話

 アンネマリーはブスッとしている。


「なんで、売り切れなんだよ?」


 真っ白な制服の異世界マスターがアンネマリーに詰め寄っていた。


「売り切れに理由なんてありませんわ。なんでと問われれば、『売り切れたので』としか言いようがありませんし」

「いやいや、完売なんて信じない。在庫、ちょっとはあるんだろ?」


 異世界マスターが、さらにアンネマリーに近づいて『金はある』と耳打ちする。

 アンネマリーはゾワッと鳥肌が立ち、のけぞった。


「ありませんわ! 入荷情報をお待ちください」


 老村の商品は、全てタブレットから情報が得られる。『変身の種』の売り切れ情報も更新されている。


「承知の上で、ここに来ているのだよ、お嬢ちゃん」


 真っ青の制服の異世界マスターが、ズイッと顔を前に出して言った。

 レジには、様々な色の制服を着た異世界マスター達が並んでいる。皆、『変身の種』待ちの行列だ。

 異世界マスターの制服は所属によって色分けされている。


「入荷されるまで、以前のようにしたらいいじゃないですか!?」


 アンネマリーは皆に聞こえるように叫んだ。

 老村は緊急事態に陥っていた。




 さて、時を同じくして、登とヘルヴィウムは『変身の種』の材料である七色集めに奔走していた。


「オーロラ、虹、玉虫色の鱗、螺鈿か」

「ええ、それらを異世界で採取して、畑の土に混ぜるのです」

「この異世界での採取は、あれだろ」


 登は虹を指差した。

 木漏れ日の隙間に、虹が見える。

 今、二人は異世界の森に来ていた。


「ここは、消失しないのか?」


 登はヘルヴィウムに訊く。


「ここは、『確立異世界』ですので大丈夫です」

「『確立異世界』?」

「ええ、想像を終え完全に創造が確立された異世界のことです」


 登は首を傾げる。


「放置にならず、最後まで描ききった異世界と言った方が分かりやすいでしょうか?」

「ああ、なるほど! 完結に辿り着いた異世界ってことだろ!」


 ヘルヴィウムが頷いた。


「よお、お二人さん」


 突如、声が降りかかる。

 宙にゲートが開き、クライムがスタッと着地した。


「どうしました、クライム?」


 ヘルヴィウムが問うた。


「アンネマリーがマスター達に詰め寄られてる。かなり、ヤバい雰囲気だったから、手伝いに参上した」


 ヘルヴィウムの顔色が悪くなる。


「急がなければなりませんね。クライム、申し訳ないですがこの回収瓶に螺鈿をお願いできますか?」


 クライムがヘルヴィウムから回収瓶を受け取る。


「分かった。螺鈿が出てくる異世界か……」


 クライムが考えている。


「やっぱり、平安系か中華系になるな。任せておけ」

「頼みました。『マジックの種畑』集合で」


 クライムがゲートを開き消えた。


「登、こちらも急ぎましょう」

「了解」


 登もヘルヴィウムから回収瓶を受け取る。


「私はオーロラの回収に向かいますので、ここは任せました」


 登は軽く手を上げて応えた。

 ヘルヴィウムがゲートを開き消える。

 登は横目でそれを見ながら、虹へと歩く。

 マジックアイテムの回収瓶は、無限袋同様大きな物を小さく回収できる瓶である。


 錬金師や薬師が材料集めをするための便利な道具だ。無限袋でも代用可能だが、液体の回収には回収瓶が役立つ。それに、現象の回収もできるのが回収瓶だ。虹やオーロラなどそれにあたる。

 また、モンスターの捕獲も可能だ。


「よし、やるか」


 回収は二度目になる。

 ヘルヴィウムから回収瓶の使い方を教えてもらって以来だ。

 それが何日か前なのか、それとも何時間前なのかは、分からない。異世界時間の概念はまだ教わっていない。


「……いや、待てよ。虹って飛翔しなきゃ回収できなくないか?」


 空に浮かぶ虹に向かって呟いた。


「ねえ」


 空を見上げる登に、誰かが声をかけた。


「え?」


 登は声の主を見る。


「エ、エルフ?」


 尖った耳に、銀と白の合間のような長い髪。神秘的な緑色の瞳が登をジッと見ている。

 エルフに性別があるか分からないが、中性的で登には判別できない。

 ただ、既視感を覚えた。


「なんか……前に会ったような」


 思わず、登は声に出していた。

 その登の言葉に、エルフの瞳が見開かれた。


「あっ! あぁぁぁぁぁぁ!!」


 エルフが登を指差す。興奮しているのか、口を開きっぱなしだ。


「うわぁ! 本物だ」


 エルフが登に抱きつく。


「え? ちょっと、待てって」


 登はエルフを引っ剥がす。

 エルフがキラキラした瞳を登に向けてくる。


「うっわぁぁ、ありがとう! 私を創ってくれて」

「はい?」

「私の創造主様! 今日は何をしにここへ?」

「いや、えっと、虹を回収しにかな」


 登は意味不明な会話の一部分に答えた。


「では、ご一緒致します。泉に行けば回収できますから」


 エルフがニコニコしながら、登を案内し出す。


「泉?」

「『願いの泉』です。あなたが最初に創造した泉」

「俺が?」


 エルフがウンウンと頷く。


「泉のほとりに一本の木を描いて、たくさんの葉っぱをつけた。その一枚がヒラヒラ泉に落ちて、私が誕生した。世界は泉と一本の木と私だけ。そこから物語は始まって」


 登は突如記憶が蘇る。

 施設にいた頃、幼かった登はずっと画用紙に絵を描いていた。


「確か……七つの色を探す冒険の話」


 幼かった登は、画用紙に世界を描いた。


「ウィ、ラス……ウィラスか!?」


 登はエルフに向かって言った。


「はい! ここはあなたが創造した世界です」

「嘘、だろ? だって、あれはずっと前に描いた想像の……」


 想像の世界。登が画用紙に目一杯描いた夢の世界だ。

 登は周囲を見回す。

 想像に耽りながら、描いた世界がそこにあった。


「ウィラスは小さな世界が悲しくて、『願いの泉』に訊いた。どうしたら、もっと世界は広がるのかと」


 登は、自分が考えた物語の冒頭を口にする。


「『願いの泉』は答えた。『七つの色を探して泉に入れよ。願いは叶うだろう』」


 ウィラスが物語を繋げる。

 登はニッとウィラスに笑う。


「最後は、探した七つの色を『願いの泉』に持って行った」


 登の言葉にウィラスが頷く。


「『願いの泉』は言った。『もう世界は広がっただろう』と」


 七つの色を探す冒険で、ウィラスはたくさんの人や物、動物、現象に出会うのだ。

 それが物語の最後の言葉。


「ここは『確立異世界』になったわけだ」


 幼かった登が数年かけて描いた世界だ。


「結構人気があったんだぜ。『世界は七つの色でできている』」


 その題名を、登は久しぶりに口にした。

 数年もずっと描いたのは、それを楽しみにしている友がいたからだ。

 自分より、年下の子が目を輝かせ登の世界を聞いてくれたからだ。


「今も、施設にあるはず」


 登はフッと笑った。


「お帰りなさい」


 ウィラスがそう言いながら、泉のほとりに立った。


「ここが虹の始まりだから」


 泉から七色が空に向かっている。


「そっか、思い出した。この虹を歩いて冒険に出たよな」

「それで、またこの虹を歩いて戻ってきました。そして、世界は産まれたのです」


 ウィラスが誇らしげに胸を張る。

 それは、完結を向かえた時の登の容姿に似ていた。


「俺の世界か」


 登は思わず声に出す。

 泉がキラキラと輝いて登を促す。

 登は回収瓶を取り出し、蓋を開ける。


「回収の時、虹よ、瓶へ」


 七色の虹を回収した。


「さてと」


 登は懐に回収瓶をしまい、右手を撫でた。


「え? も、もう行っちゃうんですか!?」


 ウィラスが登の服を掴む。


「ああ、ちょっと急用で、これをヘルヴィウムに届けなきゃいけなくてさ」

「ああ……ここの管理人ですよね」


 ウィラスが残念そうに言った。


「また、来てくれますか?」

「もちろん。俺、異世界マスターの候補生なわけ」


 ウィラスの目がまた輝き出す。


「じゃあ! ここを管理してください。元々、ここは創造主様の世界ですから」

「その、創造主って呼び名はやめてくれ。登でいいから」

「登様!」

「いや、様もいらないけど」


 ウィラスが『とんでもない』と首を横に振った。


「それじゃあな」


 登はウィラスに見送られながら、ゲートを潜った。

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