第六夜「北極星」(Bパート)④

「……一体今日はまたどうしちゃったんですか、服なんか着ちゃって」

 と必死に目で訴えれば、

「わたしが常日頃から半裸で歩いてるような目で見てんじゃありませんよコラ」

 と目で返される。

「歩いてるじゃん」

「……さすがにそんなカッコのキミにとやかく言われたくはないですねぇ?」


 というかなめさんのまなざしに、我が身を省みる。 

 ……今のぼくのカッコ?

 ……今の、ぼくの、格好。

 ……ああもう、今もクラシカルなメイド服だよ畜生!


「んぁ……、悩みでもあるってんなら、おねえさん相談に乗りますよ?」

 慈悲深く微笑みかけてそう言ってくれるかなめさんに、

「本当に趣味や性的指向で異性装をしてる人に失礼でしょうが」

 と毒づいた。

 そう、趣味で女装しているならばそれは認められるべきだし、精神と身体の不一致で異性装をしていた方が落ち着くと言うのであれば好きなだけすればいいし、笑われる筋合いもないだろう。


 ……ぼくの居心地が悪いのは、単純に、自分の今の格好が不様で滑稽であるに決まってると思うからである。

 こんな急ごしらえの化粧と衣装を着せ替えただけの女装では、見られたものではないに決まっている。


 みやこさんのお手並みは鮮やかで淀みなく、大したものではあったが、それこそ彼女が

「溶きパテでいったん地の顔のディテールを塗り潰す!すべて!」とか「荒目から細目に三段階くらいヤスリがけを行う!」とか

「白サフ噴いて肌色を均一にした後シャドーを噴く!」とか言いだしかねない!と言う印象のひとであり、随分手加減してくれてるんだなぁ、と思わされただけに、そう驚くほどの変化はないはず……と思うのだが。


「んー、かわいいご主人様にお仕えする美少女メイド!いい絵面ですねえ♪」

 かんらからから……、とこれ見よがしに高笑いしてくれるかなめさんに引き続き恨みがましい目線を向けながら、彼女ならば忌憚なく事実を教えてくれるのではないか――との期待から、

「あの、ちょっといいですか?」

 と、問い質す。

「……何か、ここに来てから、周りの人の視線が気になって」

 文字だけ見ればこれこそ思春期の自意識過剰以外の何物でもないが、実際そうなのだから仕方がない。


「こう、……何ていうんですかね、ずっと視線が痛いって言うか、凝視されてる、と言うか……その割に視線の方向くとさっと目を逸らされるし……」


 そう尋ねれば、かなめさんはどこか同情するような眼差しを向けながら、

「んぁ……あー、あのねー、キミ、その表情見ちゃうとちょっと言いにくいんですけど、今ちょっとばかり有名人ですよ」

「何で……?」

「……そりゃ、何しろ、いまツクヨミ様にもっとも近い位置にいる「個人」ですから」

 困ったように眉を顰めながら、そのくせ口元では懸命に笑いをこらえながら、かなめさんはそう続ける。

「そ、それでね、こ、ここしばらく、あの子のお手伝いもしてくれてるでしょ、……外部の人なのに、目っ覚ましい働きだってことに……なっちゃってるんですよね……」


 ――心の盾、準備よし。

 ――心の防壁、準備よし。

 ――心の松葉杖、準備よし。


「……あの、ぼくいまどういう扱いになってるんでしょうか」

「聞きたい?」

 万全の態勢を整えて、答えを待つ。

「一応」

「本当に聞きたい?」

「はい」

「……冷静に、聞いてくださいね」

 という前置きの後に、ぼくは卒倒しそうになった。


 ――曰く。


 かのひと、献身的に公私にわたってツクヨミさまを支え、仲睦まじきことは夫婦のごとし

 かのひとの手による差配で、ツクヨミ様の舘は隅々まで塵一つなく清められ、季節の花が飾られてツクヨミさまを楽しませ、食事の席ではらしい。

 かのひと、古の大英雄、大将軍・坂上田村麻呂のごとき軍略と戦いぶりでウィッチの攻撃を引き付け続け、ツクヨミさまを勝利へと導いたらしい。

 かのひと、それほど豪胆で勇壮でありながら、容姿はまるで美しい少女のように清楚で可憐であるらしい。

「んぁ……まあ、いったん落ち着きましょ、ねっ?」

 しばし床の上でのたうち回っていたぼくに、かなめさんが生暖かい眼差しを向ける。

「その人は、誰ですか」

 少なくとも、ぼくの知ってるひとではないですよね!


「いや、だからキミに対する風評なんですけど」

「誰ですかそんなデタラメ吹聴したのは」

「……いやその、わたしじゃないですよ?」

 目を泳がせながら言うかなめさんだが、どうも嘘を吐いている感じでもない。

 メイドさんたちか、とも思ったが、彼女たちのぼくへの評価はそんなに高くはないはず。

 ……となると、当座で思い当る人物は、ひとりしかいなかった。


「ちょっと電話かけてきます」

 いちど席を外させてもらって、端末を取り出し、登録した名前の中から「色男甲坂ツカサ」を選択する。

 呼び出し音が鳴り、

「甲坂ツカサです、ん、この番号は昴一郎さんですね」

 と名乗られたので、即座に問い詰める。

「甲坂さん、あなた、ぼくのこと、いろいろ喋りましたね?」

「……多少」

「ほらー! ツカサくん、やっぱり駄目だよベラベラ喋っちゃ、昴一郎さん困ってるよー!」

 通信先の後ろの方から、同室にいると思しき彼の随伴者、少女のような少年の声が聞こえてくる。どうやら広範に音を拾えるような仕様にもなってるらしい。


「む、俺は差支えなさそうな範囲で……と期したのだがな」

 不本意そうに言う甲坂さんを、極力丁寧な口調で問い質す。

「どういう風に喋ったんですか?」

「……心映えの良い、すぐれた方だ、ということと」

「それだけじゃないですよね」

「……あのような方がいれば、ツクヨミさまもさぞ心安く、後顧の憂いなく勤めに専心できるであろう。……ということと」

「それだけじゃないですよね」

「ツクヨミさまも深く心を許し、仲睦まじきことめおとのごとし……ということと」

 もう、この辺りでだいぶ限界近かったのだが、一応最後まで。

「それだけじゃないですよね」

「……見た目はその、愛らしい乙女のようだった、ということと」


 ――だから、誰だよそれ、知らないよそんなひと!


「ちょっとだけ、ちょっとだけ、話を盛ったかもしれません」

 つまり、ぼくはここのひとたちに、くおんさんから篤く信頼される、腕っぷしが強くて才気走って、感性も豊かで、配慮が隅々まで行き届いて、……そして美少女と見紛うばかりの麗人。

 として認知されてしまっていると。……こういうことで。


「困りますよ、そんないろいろ脚色して吹聴されちゃ……!」

「ツカサくん、素直に謝ったほーがいいよ」

「……きょ……教皇院の皆にも、昴一郎さんを好きになって欲しかったので。……も、申し訳ありません」

 ……ここが普通の勤め先だの、学び舎だのであるのなら、その中で名が通る、好意的な評が知れ渡るのは、もしかしたら歓迎すべきことかもしれない。

 ……だがぼくの場合それは、ひょっとしたら命に関わるのである。慎んでもらいたい。


「だいたい、なんでそんなこと触れて回ったんですか」

「……悪気はなかったんです、本当なんです、信じてください」

「……ツカサくんはさ」

 と、苦々しげな口調で、マモルくんが口を挟む。

「ツクヨミ様が〈片付いて〉くれそうだから嬉しいんだよね。正直に言いなよ」

 ツクヨミ様、つまりくおんさんが、片付く?

 ちょっと意味が分からない。

 首をひねり、一度だけ振り返って、くおんさんの方を見る。

 気だるげに俯いており、こっちのやり取りは、聞こえていないようにみえる。


「……昴一郎さんは、ツクヨミ様に仕えてるんだから、知ってますよね?いつかツクヨミ様は、教皇院の中から婿をとらなきゃいけないって……」

「まあ、一応」

 面白からざる状態だけど。

 ぼくはかなめさんから、くおんさんに言い寄るそう言った手合いを掣肘、牽制するよう頼まれてもいるし。

「……その候補の中にツカサくんがいて、ツカサくんはツクヨミ様と結婚させられたくないからです」

「え?」


 ええええええええ?


 頭の中が疑問符でいっぱいになる。

 いや、前半部分はわからなくはない、精々この人の年は僕と同程度に見えるし。魔法つかいとしての実力は申し分なし。性格も……今回やらかされてはいるが、硬骨で、好感のもてる人柄と言っていいだろう。

 伝え聞く限りの、教皇院のエリート家系のひとたちに比すれば、彼に勝る物件はそうそうなさそうに見える。


 しかし……彼の方に、その気がないとは?


「マモル……そんな言い方をしなくても」

 と制そうとするツカサさんを、

「いや……何で?」

 と、重ねて尋ねる。

「何でと言うか……俺があの方を愛していないからなんですけど、何か他に理由が必要でしょうか」

「……でも、ほら、ツクヨミの婿って、名誉とか、そう言うんじゃないんですか?」

「俺は……そういった手段で登りつめようとするのは、恥ずべき行為だと思います」

「それにぼくが言うのも何ですけど……くおんさん、綺麗でしょ?」

「……見た目は整っているとは確かに思いますが、そこで選ぶものでもありませんし、どうも俺が何を言っても何をやってもあの方の神経を逆なでしてしまってるようで……それに」

「それに?」

「その、11歳の女の子を、そういう対象としては見られないじゃないですか」

「……御尤も、です」


 ――返す言葉もなかった。

「それで、もう確たる相手がいるとなれば、うちの者たちも強引な手はつかんわないだろう、と思って……昴一郎さん?昴一郎さん?」

 無言のまま仮部屋に戻ったぼくを、かなめさんが半笑いで出迎える。

「納得いきました?いきましたね?おちついた?おちつきましたね?ならば概ねよーし」

 この人は……ひとごとみたいにいいやがって……。

 散々ハードルを上げられた上でぼくはここにきたわけか。

 そりゃ注目もされるだろうよ。

 そして、さぞ失望されただろうよ!

 ――だって、とくべつ美人ってわけじゃないんだもん。


「それじゃ指令書読みますよ! いいですね?」

 がっくりと肩を落として椅子に腰かけたぼくと、それに並ぶくおんさん、たまこちゃんの前で、かなめさんは書面を取り出し、居住まいを正して朗々と読み上げる、

「まずは第133代ツクヨミ・剣の魔法つかい斎月くおん。たった一度の戦闘での消耗は不明を責めるべきところなれど、別命あるまで教皇院本院にて36時間の待機。ただしこれは格別の配慮による戦闘後の冷却期間であり、無断外出、無断戦闘、外部の人間との許可なき接触は、これを禁ずる。――質問ある人?」


「何で強制とか禁止とかがそんなに好きなの? 何でそんなにケンカ腰なの? そういうこと言われた人間がどう受け取ると思うの? 後、普通に悪文です」

 とりあえず、主に代わって思いつく限りのブーイングを上げてみる。


 かなめさんは、

「……いいたいことはわからなくもないですけどね、こういうもんなんですよこれ」

 と、憂鬱そうに眉をひそめてそう答える。

「ただし、36時間という具体的な数字を引き出しました。いちど正式に下された指令は、そうたやすくは覆されません」

 と、くおんさんが宥めるように言ってくれる。

「くおんさん、あなたのことなんですからね?」

 気を使って、慣れていますから、みたいな顔されると、それもそれでつらい。

 母親が職場で辛く当たられ酷使されていて腹を立てない息子がどこの世界にいるだろう?


 続いてかなめさんが読み上げる。

「……〈救助者壱名〉については、保護を認める」

 と、これはたまこちゃんのことらしい。

「記憶を失っているということの為、随伴することを特例として許す。待機期間中に身体検査及び、身元の情報照合をうけること」

 

 ……教皇院のデータバンクから、行方不明者リストとかそんな感じのものを調べて、たまこちゃんらしきひとがいないか探してくれるらしい。

 その辺はまあ、ちゃんとやってくれるとある程度信用してよさそうだ。


「……あの、いいですか?」

 とたまこちゃんが手を上げて問う。

「……その時は、くおんさんか昴一郎が一緒に来てくれますか?」

「んぁ……その場合は、希望するならこーいち君の方になります、ツクヨミ様……斎月ちゃんは冷却期間中なので」

 まあ、ぼくがここにある程度滞在することが許されれば、だろうけど。

 

「そして御剣昴一郎」

 とうとうぼくの順番が回って来たので、一応かなめさんへの義理で背筋を伸ばす。

「本院への立ち入りを、……許可する。ただし、事前に申し出があった通り、婦人の身形をし、婦人として振る舞う、という条件を厳守するべし」


 ……安堵のため息とともに肩を落とす。

 いや、ここで突っぱねられるか、ふざけるなと怒られて叩き出されるか、という可能性も十分あったので、そうなればここまで生き恥晒してきたのもすべて無駄に終わるところだった。

 ひとつ問題クリア、とほっとする。


「……良かったぁ……」

 と嘆息するぼくに、

「よかったですねぇ」

 かなめさんがポンと背中を叩き、たまこちゃんがよしよしと頭を撫でる。

 ……ちょっと待て、かなめさんだけはあらかじめ内容知ってたんじゃないのか。

 流石にひとが悪いぞ狗戒かなめ。


「……デは狗戒、早速ダが中に通してもラおう、この部屋はあまり快適ではなヰ」

「はいはい」

 ……ということで、この殺風景で窮屈な待合室ともおさらばである。

 手荷物を持って、かなめさんの引率で移動することになる。


 ……と、一応立って歩くことくらいは普通にできる程度には復調したものの、まだちょっとつらそうなくおんさんの杖代わりにでもなれれば、と思い傍まで行くと、

「……平気です」

 と、辞退される。

「これ以上、わたしが弱弱しい姿を見せる訳にはいきませんから」

 そう言って、すっと背筋を伸ばし、何でもないことのように、いつもの大人びた表情をつくる。


 ……言うことは判らなくもないのだけど、実際に目の前であまりにも見事に「いつも通りの顔」を作られると、今までだってどれだけこうしてくおんさんが無理を重ねて乗り越えてきたのかということが伺われて、背筋が冷え冷えとする。


「……くおんさん」

 その辺の苦言を呈そうとそう呼びかけたところで、

「ところで、昴一郎さん?」

 とその当人に、遮る形で名前を呼ばれる。

「なんですか?」

「電話をかけていた時のこと、ですけど」

 ……はて、確かにくおんさんにもかかわりのあることは話していたが……何か気にされるような挙動をしてたであろうか。

 と思ったところでかけられたのは、


「さっき、わたしのこと、見ていましたか?」


 という問いかけで、

「……いえ、ぼくはその、特に……」

 と、つかえながら返す。

「見て、いましたよね?」

「……はい、見ていました」


 ……くおんさんと接するときは、心しなくてはならない。

 ぼくがくおんさんを見ている時、くおんさんもまた、こちらを見ているのだ。

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