第六夜「北極星」(Bパート)②
〇
「……まあこれで、少なくとも途中までは行けるのではないでしょうか」
悪びれもしないみやこさんに、流石に恨みがましく意思表示をする。
「……あの、ぼくだって怒る時は怒りますからね?怒ってもしょうがないから怒らないだけで」
「……昴一郎でも怒ることあるんだ」
とたまこちゃんが言うので、
「……あるよ」
と返す。
自分ではむしろ、怒りっぽい方だと思っている。
ぼくがもしもあまり怒ることのない人間に見えたとしたら、怒って解決することはあまりないと判っているからだろう。
……ただまあ、ぼくもこれまでいろんなことで無駄に怒り狂ってきたが、人生最大級に激昂したのは、あの時であろう。
……ふと、嫌な事を思い出してしまう。
あれはそう――
兄さんが施設に帰って来なくなって、三日四日、一週間、十日くらいが過ぎただろうか。
……ぼくは必死に、少し遅くなっているだけ、時間がかかっているだけ、もしかしたら向こうで体調を崩して、帰れなくなっているのかもしれない――と、そう自分に言い聞かせていた。
けれどその日……気が付いた。気が付いてしまった。
毎日の食事が豪華になっているのに気が付いた。
壊れたままだった建物に、修繕が入ったのに気が付いた。
何人かに、破格にいい条件での進路が決定したのに気が付いた。
大切なあの人はもうけしてここには戻らないと悟り、
「……あの人、いなくなってくれてよかったね」
――という、冗談めかしたその一言を背後の席で聞いた時だ。
「……いま、なんていった、いま、なんていった、いまなんていったあ」
――と叫んだその声は、多分獣の叫びにしか聞こえなかっただろう
めでたくぼくは訳もなくいきなり奇声を上げて殴り掛かってくる異常者の仲間入りだ。
こんなことは、それこそくおんさんにだって話していない。
そして、すがるように視線を送ったそのくおんさんが――気まずそうにさっと顔を横に向けた。
「……その、昴一郎さんをこんな目でみるなんて、いけないことだとは判っています」
こんな目と言うのがよく判らないが、どうも、ぼくのせいでくおんさんはいけないことを考えてしまったらしい。
……ああ、罪深いので自害でもしたい。
くおんさんが悲しむだろうからしないけど。
〇
――とまあ、身支度だけでひと悶着あった末にメイドさんたちの車に乗り込み、斎月館を出発して小一時間。
教皇院も相変わらずこういうところは手続きが早い。
道路のあちこちで、既に通行規制中の標識が立てられてほぼ無人の公道を、赤信号で減速する事すらなくほぼ一本道でかっ飛ばし、事前におおよそ聞いていた通りの山道を駆け抜けて――既に目の前には、山中に似合わない、官庁か大企業の社屋を思わせる、冷たく無機的な建築物が鎮座ましましていて……
御剣昴一郎、教皇院初お目見え。
後はこれからいよいよ、ご挨拶に伺わなければならない――のだが。
それがどうして、よりによって女装した状態でなければならないのか。
で、まあここからの方針なんですけど。
……と、ちょっとくおんさんとびゃくやとぼくだけになれた時間で、手短に打ち合わせを済ませておく。
「……つまり、こうです、「嘘」はつかない」
「こレコれこウイう事情だから、便宜上特例を認めテくれ、とこう行クンだ」
「この者は男性だが、こうして婦人の服を身に着けて、女性として振る舞うコトを約束するから、付添いの者として中に入れて欲しい」
「なるほど、それなら」
――まずひとつの偽りを〈正直に〉白状してしまった上であれば、それ以上に掘り下げられる可能性というのは低くなる。
そしてこの場合、男性である事と、ウィッチの呪いを持っているということの、どちらがより隠すべきかといえば、明らかに後者である。
前者はばれた所で醜聞で済むが、後者が発覚したら、くおんさんはおそらく明確に何らかのペナルティを課されることになる。
――後は、くおんさんの倫理観がそれを許すか、だけがネックだ。
「消耗していて心細いので、信頼のおける者を傍におきたい。ということは、くおんさんから伝えてもらうしかありませんが、……それは大丈夫ですね?」
言葉の受け答えははっきりしているものの、未だにくおんさんは顔色がいつもに増して真っ白で、立ってるのも辛そうに見えて。
心配しながらそう尋ねる僕に、小さく一つ首肯してから、
「……くやしい、です」
くおんさんは、ぽつりと言った。
「あなたに不正の片棒を担がせて、恥ずかしい想いをさせて……魔法が使えない、戦えないわたしじゃ、大切なひとをひとり幸せにする事もできない」
「くおんさん、それはーー」
「……あなたは、昴一郎さんは、嘘が嫌いではありませんか」
……やっぱりこのひとは、そんなことを考えていたのか。
……くおんさんの魔法と
「
例えばソードオブジワンやクライジャッジドオールや「地面ひっくり返すやつ」が、もしもヒトに対して向けられるようなことがあれば――。と思うと、背筋が凍る。
もちろん、くおんさんがそんなことをすることは決してないだろうと信じてはいる。
が――逆に言えば、くおんさんが街をウィッチ諸共叩き切ったり、笑いながら島を粉砕したりせずにいる担保は――そうさせているのは、彼女の人間性でしかないということである。
ならば、今の彼女は、まさにその絶大な力を制御し切れず、自分自身に向けてしまったのと同じことだ。
……なおさら、くおんさんはこれから先、断じて、ぼくだけの為にそのもてる力を振るおうとするべきじゃない。
こんな風に、彼女の力が彼女自身を傷つけてしまわないように。
「くおんさん、そんな風に言わないで下さい、……これは、僕が生きる為にやってることです。あなたが悩むことでは無いです」
といっては見るものの、あんまりくおんさんの気がまぎれた様には見えなかった。
「……それに、くおんさんの為だったら、ぼくは毎日この格好でも平気ですよ」
とも、付け加えて言ってみる。
「……あまり、わたし以外には見せないで欲しいです」
「へっ?」
あ、まあそうですね、あくまで耐えられるってだけで、あまり大勢に見られたいものでも無いので?
――ちょっと意外な、くおんさんのひと言。
○
まずメイドさん達が、ツクヨミ様とそのお供一羽とひとり、救助者一名をお連れした、と手続きを済ませてくれて、中に入れば、ーーそこには壮麗な大神殿と、近代的なオフィスが奇妙に調和して組み合わさった、広大な空間が広がっていた。
外から見た建物の外観よりも遥かに面積が拡大しているのだが、まあ魔法つかいの拠点でもあるのだから、そういうものなのだろう、と自分を納得させる。
白木の柱や板仕切など寺社や仏閣に通じるような趣もあるが、そこかしこで込み入った話し合いが為されて、あくまでここが現在実務に使われているのだということが伺われる。
明らかに観賞用と思われる鉢植えや花瓶がそこかしこに置いてあったり勤め人らしい人が大量の洗濯物や食品をワゴンで運んでいるのが見えたりする辺り、ここに住みこんで生活している人、というのもいるみたいである。
……とまあ、ぼくもはじめての場所が物珍しく、みっともなくないようにそれとなく視線を巡らせ、様子を伺っていたのだが――どうも、妙だ。
この集団の中で最も人目を集めているのは、いうまでもなくくおんさんである筈なのだが、――すぐにくおんさんの出迎えに来てくれた、医療スタッフらしい人たちがさっとくおんさんをガードするように周りを取り囲んでしまってからは、さすがにこんな状況でお愛想を言いにくるような人もおらず、遠巻きにひそひそと話しているのが聞こえるだけになると、――どうも、くおんさん以外では、この一行でぼくが一番衆目を集めているというのが、肌で感じられた。
……いや、そりゃそうだろうけどさ!
何しろ今の僕は、男なのにばっちりメイクを施され、足元から頭まで、完璧にメイド衣装を身に付けているのである。
「笑いたければ笑え」とか「見世物じゃないんだよ!」――とか大声で言いたくもなるが、どうも、好奇の目と言う感じでもない。
少し耳をそばだててみれば
「……では、あの娘が?」
「しかし、あのような姿かたちでいながら、戦いぶりは獅子の如きものらしいぞ?」
「」
――何だこれ?
何か、話が違って伝わってる感じがするぞ?
「……うむ……聞きしに勝る可憐さよ」
――はい?
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