第六夜「北極星」(Bパート)①
〇
……さて、大前提だが、ぼくこと
くおんさんはぼくの味方だけど教皇院はそうではない――から、当然そういうことになる。
当然、教皇院のしきたりやならわしも、くおんさんの顔を立てる為に必要である以上には、ぼくは尊重しない。
だけど、TPOくらいは最低限弁えるし、周囲の心証を考慮しなければいけないのなら、そういうことだってできる範囲でしよう。
だが、だがこれは――、
「……ひどい」
姿見に移る、黒髪の華奢な少女の姿。
「……ひどすぎる」
重ねて言おう。
改めて嘆こう。
それこそは薄く粉を叩かれ、紅を引かれて彩られた――
「……こんなことがゆるされていいのか!」
悲痛な声が、響き渡る。
「うるさヰぞ昴一郎! いい加減に観念シたまヱ!」
「あっはっはー! しかし化けましたねー! 御剣さま!」
「え……えへへ……えへへへ……わ、わたしはいいとおもうよ……それと、もうちょっとくおんさんとくっついてみない?」
「……黙れギャラリー!」
改まったお堅い場所、と言う事で流石に例のクソダッセぇパーカーはまずいだろうが、それだけだったら普段斎月舘の中での作業時に着用している、黒のスーツでもいいではないか。
それもこれも、くおんさんの付添いで禁裏とやらまで入れるのは女性だけだという、教皇院の「何それ感じ悪い」と吐き捨てたくなるような取り決めがあるせいである。
単に異性装をするというだけであれば、社会にはそういうライフスタイルの人もいることだし、とギリギリ自分を納得させることが出来なくもない――のだが。
本格的なメイク……と言っても、ちょっと色塗って粉たたいただけで、自分の顔がこんな風に変わってしまったと言うのが、何とも言えず――恐ろしい。
それにしてもぼくに対する女性陣の反応が、どうにも苦痛である。
彼女自身に罪は特にないとはいえ、たまこちゃんは何か気持ち悪い。
ほぼほぼ〈主犯〉に等しい、例の……名前を何と言ったか、あのメイドさんは鬱陶しい。
こうなると、この件の〈実行犯〉たるみやこさんがただひたすら恨めしい。
「……まさか、あんなにもはっきりと臆面もなく躊躇もせずに男子禁制の場所に足を踏み入れたいと仰るとは思いませんでしたもので」
いや、確かにそう言ったのはぼくなんですけどね。
それは何とか特例としての口利きとかしてもらえるあてや方法はないかって意味であって、いきなりこんな暴挙に出られるとはそれこそ思わないじゃないですか。
――が、加えて言うなら、
「ちょっと、意外です、暴力で片付けられると思ったので。あの、教皇院の規律第一、刃向う者は生かしてはおかない、刃向わないものは何かそれらしい理由をでっち上げてから合法的に抹殺しそうなみやこさんが何故こういう行動を」
「……少なくとも、御剣さまのみやこと教皇院に対する信頼度が負の方向に振り切れているという事はよく分かりましたが」
……と、微笑みを浮かべたままの表情でいうみやこさん。
「キャンキャン良い声で鳴くのを聞いてほしいと仰るのであればそれを聞いて差し上げるのもやぶさかではなかったのですけれど……貴方に危害を加えればツクヨミ様を本格的に敵に回しそうですし……あえてツクヨミさまの怒りをこれ以上買うこともないかな……それも何かめんどくさいな……と思いましたもので」
ぽろりぽろりと本音が零れ落ちてしまっている。
この人にしてはなんというか、案外とやることが杜撰である。
「途中で何かがおかしいと思わなかったんですか」
言ってる内容はともかくとして、態度にまったく悪びれる様子がない。
「……その、くおんさん」
何よりも精神的にキツいのが、くおんさんがさっきから、ろくに目を合わせてくれないことである。
「仰りたい事は、あると思うのですが」
ちらりちらりと、こちらに視線をくれはするのだが。
ぼくがそれに気付き顔をそちらに向けると、さっと顔を背けてしまうのである。
……それはまあ、目の前で息子と言う脳内設定の男の女装姿を見せられたらそうもなるでしょうけれど。
物憂げに俯いていたくおんさんは
「……昴一郎さん」
言葉を選ぶように唇を開くと、
「……生きていれば、色々なことがあるものです」
と、静かな口調で仰った。
「ふぁいと、です」
「そうですね!」
……どうやら、不器用ながらも励ましてくれているらしい。
くおんさんのその言葉さえあれば、何の女装のひとつやふたつ。
――と、
「あ、これを読んでおいてくださいね!」
反対側から、いつもびゃくやとの筆談につかっているノートが差し出された。
見れば、「みやこさんじゃない方」のメイドさんが、にんまりと微笑んでいた。
ノートを見るとそこには、
なまえ 御剣すばる
あだ名 すばるたん
年齢 17歳♪
身長 169㎝
体重 ヒミツ
サイズ B80 W55 H83
好きな食べ物 いちご。
趣味 友達とのおしゃべり。
尊敬する人 クラウゼヴィッツ
将来の夢 素敵なオトナの女のひとになること。
好きな作家 夢野久作
……と、書いてあった。
「……あの、なんですかね、これ」
「わたしが考えた、御剣すばるちゃんのプロフィールです!」
「いりません、女の子ネームまで付けてくれなくて結構です」
「えー、せっかく一生懸命考えたのに! すばるちゃんは清楚で家庭的で優しくて、すてきな恋愛に憧れるちょっとえっちな17歳の女の子という設定なので、ちゃんとその方向でお願いしますよー!」
「……せめて、もうちょっと素のぼくに寄せた性格設定にしてください」
「じゃあ、清楚で優しくてちょっとえっちな17歳の女の子ということで」
「何でその最後の残すんですか、本来真っ先にそれが除外されます」
まず女の子じゃないですしね?
後まあ、ぼく17歳は多分だけど過ぎてますからね?
「御剣さま、次はお召し物です」
と、今度はみやこさんが横から布の束を手渡して、
「判ってますよね?」
と言う感じに、ぼくを見る。
……抗弁すればこの場でぶち殺す。とその目が言っていた。
判った判りました。
着るよ、着ればいいんでしょ?
手に取って見れば、それは彼女たちが身に付けてるのと同じ、メイド服の一式である。
ご丁寧にメイドさん達が頭に付けるアレまで用意されていた。
まあ、予備とかであろうか、と思った僕の想像は、
「こんなこともあろうかと、御剣さまに合いそうなサイズのを常時用意しておいて良かったです!」
と言う答えに叩き潰される。
……そうか、ぼくこれまでずっと虎視眈々と隙あらば女装させようと狙われていたんだ……。
怖いなあ、現実。
淡々と、「……着替えるのは流石に部屋で良いですかね」と告げると、一度退出させてもらった。
……特にぼくの場合、胸の呪い痕を隠さないといけないので……。
自室に戻って姿見の前で、インナー、本体にあたるワンピース、エプロン、ヘッドドレスまで身に付けて、再び姿を見せに戻る。
……ガッデム。
ニーハイソックスがふとももに食い込んで気持ち悪い。
しかしこれ、自分じゃよく判らないけど、見た目どうなんだろうか?
……あまりに酷けりゃ、流石にくおんさんかびゃくや辺りが止めてくれるはず。
そんな半分捨て鉢な想いと共に、
「……これでどうでしょうか」と尋ねたぼくに、
「うっひょー!もうこれ、御剣さまが同じクラスにいたら私付き合ってって言いますよ!」
「うん!わたしはいいと思うよ昴一郎!とってもかわいいよ!」
と言う言葉が降り注ぐ。
「男のひとにしては色白で細身だから、良く似合ってますよ!」
「髪もきれいだよね……えへへ、何か手入れしてるの?」
……あはははは!
全然嬉しくない!
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