第六夜「北極星」(アバン)

 ――少女がいる。

 フリルとレースで飾られた、豪奢な黒い装束の少女が、ぼくの目の前に立っている。


「……ころす」


 きれいに整えられた、長い黒髪が顔の前に垂れて、表情は伺えない。

 手には、彼女の身の丈よりも長い、赤糸縅あかいとおどし黒漆拵くろうるしこしらえ大太刀おおだち


「絶対に、ころす」


 感情を押し殺して、吐き出すように、彼女は言う。


「……あなただけは、絶対に、わたしの手で終わらせてやる」


 ――彼女の名前は、一乗寺(いちじょうじ)、さよこ。

 前回起こったこと、おおよそのまとめ。


 海に浮かぶ小島を食らってしまうほどの巨大なウィッチ。

 それを倒す為、くおんさんと彼女に従うぼくは、海を渡った。

 

 戦いの場となったのは、社会に見捨てられたような、荒れ果てた離島。

 そこで出会ったのは、雷使いの甲坂ツカサさんと、霧使いの葵マモルくん。

 知ってしまったのは、教皇院に組織的に敵対する存在「火神帝國カシンテイコク」の存在。

 さらには、その火神帝國の者と名乗る、自称・山本カンスケさんが現れる。


 教皇院、火神帝國、ウィッチが入り乱れて戦いが続く中で、ぼくたちはウィッチのすぐ傍から、たった一人生き残っていた女の子、たまこちゃんを保護する。


 そして、くおんさんは最後の切り札、光速剣「一ノ太刀ソードオブジワン」を使い、ウィッチを討ち果たした。

 それは凄まじいの一語に尽きる、想像をはるかに絶するもので。

 ――けれど、どうにもそれは、やったね、大勝利!と言う感じとはかけ離れていて。


 ぼくはと言えば、なさけないもので、大切な大切なご主人様たるくおんさんを抱えて館に戻り。

 ひとまず、一晩ここで休んでくれ、これからのことは夜が明けたら考えよう――と、たまこちゃんに自室と毛布を譲ってからくおんさんを寝床へと運んだところで緊張の糸が一気に切れたらしく。

 そこで意識が途絶えた。


 ――そして、気が付いた時には。

「……昴一郎さん。……昴一郎さん。目を覚ましてください」

 穏やかな声が、耳をくすぐる。

 瞼を薄くあければ、白く霞むような日差しがカーテン越しに差し込んでいた。

 顔に当たるのは清潔なシーツと、毛足の長い柔らかな毛布。

 手足を動かしてみれば、手はシーツを掴むのみ、膝は床についているようで、それ以上前に動かない。

 どうやら、自分はうつ伏せに突っ伏しているようである。 

 首を捻り、顔を上げれば……


 そこには、毛布に包まったまま、タイをほどいて、ブラウスの襟元を緩めて、上半身を起こしたくおんさんが、困ったようにぼくを見下ろしていた。


「……う、あっ!」

 喉の奥から、変な声が出てしまった。

 ぼくはあろうことか、くおんさんの眠るベッドに突っ伏した状態で、一晩眠りこけていたらしい。

「くおん、さっ」

 未だ色濃く疲労が残っているのか、抜けるような肌がいつにもまして白く、か細い首筋のラインが眩しい。

「……そんなところで眠ると、体を冷やしてしまいますよ」

 相変わらず、そんなことを仰るくおんさんの言葉に対して、

「……怒らないんですか」

 恐る恐る、そう尋ねてみれば、少し質問の意味を考えるように首を傾げてから、

「……それは、二日も続けて寝床に入らず寝ていたことに対してですか」

 と、問い返す。

「……それもありますけど」

「それ以外に、なにかあるのですか」

 ……今こうやって、女の子、それもお世話になってる年下の少女のベッドに突っ伏して。

 と言う事を、流石に言えず口ごもる。

 そんなぼくの表情から、言わんとすることを察してくれたのか。

「……わたしだったから良かったですけれど、他の女の子にそんなことしたら怒られると思いますから、気を付けてくださいね」

 と、くおんさんは言った。

 いや、そういう問題ではない気がしますよ。

 どうしてくおんさんだったらいいんですか。

「……床で寝ていたことに関しては、今回は、不問にします」

 途中から照れくさそうに、斜に目を反らしながら。

「……あなたがわたしをここまで連れ返ってくれて、この部屋で力尽きたということくらいは、わかります」

 と、くおんさんは言う。 

「それに、目覚めてすぐにあなたの無事を確認できて、良かったのかもしれません」

 ――多分、意識が戻った時にあなたがいなかったら、わたしはきっとひどく狼狽えていましたよ。

 続けてそう言われ、それはそれで面目ないな、と言う思った次の瞬間、

「……疲れていたのでしょうけど、それならいっそ布団に潜り込んでくれてもよかったのですよ」

 という言葉の前に、ぼくはふたたび毛布に突っ伏す羽目になる。

「……ここならば、わたしの傍ならば意識を失っても大丈夫と、わたしを頼ってくれたのかと、少しうれしかったのですが」

 ――いやだから、小学生の女の子と同衾なんてできないです!

 

 そんなやり取りを交わしている内に、背中に重みを感じ。

 振り返って見れば、白いカラスが、ぼくの背中に乗っかって、いつもの生暖かい目を向けていた。


 こいつ、何で起こしてくれなかったんだろ。

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