第16話 夜の終わりに

 夜の闇にコルトの銃声が鳴り響いた。

 ミッシェルが見上げるとコールの姿は消えていた。

 場所はネバダでも19世紀のアメリカ大陸でもない。

 元いたアパラチア地方にある城塞の中だ。

「コール……コール・ソントン?」

 必死に辺りを見渡したが彼の姿は、どこにもいない。

 それが確信した時、一気に虚無感がミッシェルをお覆い込んでいく。

 そして、もうひとつの現実がミッシェルの目の前に現れた。

 人は思えぬ叫び声を上げている錬金術士だった。

 割れた鏡の仮面を隠すように手で塞ぎ、のたうち回っている。

 我に返ったミッシェルは錬金術士の頭にコルト突きつけた。

「黙ってろ! この下衆野郎!」

 引き金が絞られ、45口径の弾丸がガラスの仮面を撃ち抜いた!

 砕かれた鏡の仮面の中から吹き出したのは鮮血ではなく黒い煙だった。

 ミッシェルはその姿を見て舌打ちする。

 こいつ、人じゃないのか……?

 正体を確かめようとも思ったが、ヴィオレタを助ける方が先だ。

 ミッシェルは倒れた錬金術士の横を通り過ぎて手術台のヴィオレタに駆け寄った。

 行く手を助手をしていた二体の自動人形が阻んだ。だが、吸血鬼の素早い動きに自動人形さえもついていけない。二体の自動人形は呆気なくミッシェルに叩き潰された。


「大丈夫か?」

 ミッシェルはヴィオレタを拘束していた足枷と手枷を強引にむしり取る

 ヴィオレタはよろめきながら手術台から降りた。

「遅いわね」

「言うね、お人形さん」

「うるさい吸血鬼ね。チャーノックは?」

「そこで寝てる」

「どこに?」

「どこって、そこに……」

 倒れていたはずの錬金術士の姿はなかった。

 ミッシェルはヴィオレタを後ろに寄せるとコルトを構えた

「どこだ! チャーノック!」

 周囲を見渡すが姿は見えない。気配も感じなかった。

 本当に、この場にはいないのか……?

 二人は慎重にその場を離れる

 地下の階段を登ると地上に出た。

 日はもう昇っている。太陽の光が二人を照らした。ミッシェルは日陰の中へ後ずさる。

「朝だ。これで、私の能力は発揮できなくなった」

「敵はもういない。そうでしょ?」

「呑気だねえ」

 ヴィオレタが指差す。

 見ると所々煙が上がり、城内で守りを固めていたオートマタたちが倒れている。

 ヘルメットと戦闘服に身を固めた男たちが城内を闊歩していた。中には僅かに動く自動人形にとどめの銃撃をしている者もいる。

「ブラック・シーね。どうやら、彼らがギャラに見合った仕事をしてくれたようだわ」


「よう、レッドアイ」

 リアムがライフルを肩に担いで近づいてきた。

「なんだ? 日除けかい? 本当に吸血鬼なんだな」

 そう言って大笑いするリアム。

「あんた、無事だったの?」

「誰かさんが救助を呼んでくれたお陰でね。だから応援に駆けつけられた」

「あんた達が?」

 リアムが肩をすくめる

「言ったろ? プロだって」

 周囲を見渡すと反撃できる戦力はなさそうだ。どうやら彼らは本当に仕事をやってのけたようだ。

「足はある?」

 ミッシェルが聞くとリアムが顎で黒いSUVを指す。

 ドアが開けられ、ヴィオレタが後部座席に乗り込んだ。

「あなたも来て、レッドアイ。日差しの中を行くのは苦手でしょ?」

 ヴィオレタがそう言ってミッシェルを手招きする。

「なあ、レッドアイ」

 車に向かうミッシェルをリアムが呼び止めた。振り向くミッシェル。

「まるでシンデレラだな。だって、ほら……」

 リアムが太陽を指差す。

「魔法が切れる時間だ」

「笑えない」

 そう言って車に乗り込もうとしたミッシェルだったが途中でリアムの方に向き直した。

「ナイトよ」

「え?」

「ミッシェル・ナイト」

 そう言い残すとミッシェルは車に乗り込んだ

「ミッシェルか……いいね」

 リアムは走り去る車を見送った


 その後、ブラックシーの武装隊員たちが城内を探したが錬金術士の死体は見つからなかった。

 錬金術士の部下だった傭兵たちもいつの間にか撤収済みで姿は見えない。残っているのは半壊した自動人形の残骸とわけのわからない機会や道具だけだ。


 車の中で隣り合いで座るミッシェルとヴィオレタは暫く無言だった

 山道を抜けた頃、ヴィオレタの目の前に日記が差し出された

「これ……?」

 ヴィオレタはミッシェルの顔を見上げる。

「屋敷が襲撃された時、落としたろ? 拾っといたよ」

 ヴィオレタは日記を受け取ると笑顔を見せた

「へえ……」

 初めて見た偽りのないヴィオレタの笑い顔だった。

 こんな表情も見せるのかとミッシェルは思った。

 ふいにヴィオレタがミッシェルの膝により掛かる

「お、おい……」

「このままでいさせて、少しの間でいいから」

 ミッシェルは、あきらめてそのままヴィオレタを寝かせた。

「ねえ、フォマ・チャーノックの鏡の仮面……奴が長年時間をかけて作りあげた魔法の道具よ。よく打ち破れたわね」

「……まあね。吸血鬼だから」

「吸血鬼は鏡に姿が映らないって聞いたけど本当なのね」

 ミッシェルは答えなかった。

 鏡は光に反射した物体を映すのではなく魂を映し、取り込む。

 魂を取り込まれて彼女が見たのは遥か昔の記憶だった。いや、記憶ではないかもしれない。それは幻かもしれないし、起きるはずだった別の未来だったのかもしれない。

 しかしミッシェルは、それに囚われるわけにはいかなかった。

 何故なら彼女が生きるのは現在なのだから……。

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