第15話 コール・ソントン
目の前のコールは、怪訝そうな顔でミッシェルを見ている。
百五十年前、人間だった時のミッシェルは、ピンカートン探偵社に属し、強盗の追跡や身辺警護を請け負っていた。
コール・ソントンは、その時の相棒であり、ミッシェルに銃の撃ち方や追跡方法、そして生き方を教えてくれた恩人だった。
「なんだ? その顔は」
「だってあんた……」
「だって?」
吸血鬼となったミッシェルは、今も生き続けているが、普通の人間であったコールは既に死んでいる筈だ。しかし目の前にコールがいる。
夢でも見ているのだろうか? それとも今までの事が夢だったのだろうか?
ミッシェルは混乱する。
「……なんでもない」
「おかしな奴だ。それより次の町に着く前には陽が暮れちまうそうだ」
「え? ああ……野宿だね。懐かしいな」
「懐かしい? さっきから何言ってんだ?」
「気にしないで。寝ぼけてるだけだから」
「本当にお前、今日はおかしいな」
日が暮れ始め、辺りが暗くなってきた。
二人は適当な場所を見つけると野宿の為に準備を始めた。
火を起こすと、焚き火を囲み、しばらく休む
コールは、そこらに生えている草を見繕って取ってくると、スカーフで包み、石で叩き出した。
それを沸かしたお湯で濾してカップに注ぐ。コーヒー豆か茶葉を切らした刻にコールがよくやる事だった。
彼は生の水を沸かしたより何か味のついたものが飲みたいのだ。
濾した湯が、香りの良い時もあれば、草の臭いしかしない湯の時もある。
ミッシェルは真似できない。コーヒー豆を切らした時は、味気のないお湯で我慢する。草湯を飲むよりマシだったしそれで十分だ。
「ねえ、コール」
コールは顔を上げた
「あの……カミノ・レアルの町の事件は片付いた?」
ミッシェルは恐る恐る訊いてみる。
それはミッシェルが吸血鬼となるきっかけになった事件だった。
カミノ・レアルはメキシコに近い町でかつて、ミッシェルとコールのふたりが事件に巻き込まれた場所だった。
ピンカートン探偵社の人間であった二人は、大富豪コーネリアス・ヴァンダービルトの鉄道会社雇われた。彼の鉄道会社の路線を無断で走り回る列車の正体を突き止める為だった。カミノ・レアル町に向かっていた別の調査員は消息不明となっていた。
列車の正体はヨーロッパからやって来た吸血鬼一族の根城だった。彼らは各地に張り巡らされていく鉄道会社の路線を使ってアメリカ中を周り、獲物を狩っていく企みであった。
二人は吸血鬼の列車を止める事に成功するが、ミッシェルは吸血鬼に血を吸われ、吸血鬼となってしまう。
その力を使い、逆に吸血鬼を倒したミッシェルだったが、人間には戻れなかった。
そして百五十年の時を生き続けた……はずだった。
「あれはとっくに終わった」
「そう……よかった」
その後、二人は無言になる。
しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのはミッシェルだった。
「それ、どうなったんだっけ?」
「どうなって、俺たちが吸血鬼をぶち殺して終わりだ」
「そうか……そうだったね」
「泣いてるのか? お前」
「べ、別に泣いてないよ」
コールは肩をすくめる
「で、今は強盗を追ってネバダに向かってる。パイプラインとかいうのを建設してる作業員たちの給料を奪った連中だ」
パイプラインは石油をテキサスの油田から大都会近くにある精製所まで送る事ができる。パイプラインの出現によって、油田近くで精製した灯油を都会に輸送する事で収益を得ていた鉄道会社は仕事を失う。その後、多くの鉄道会社が姿を消すことになるのだが、それはミッシェルたちの知るところではない。
「今回も余裕だよね」
「そうだな……」
「ねえ、もう一度、カミノレアルの事、訊いていい?」
ミッシェルは甘えるように問いかける。
「ああ……」
「私達、本当に吸血鬼たちを倒したんだよね」
「そうだ。そんなことよりこれ飲んでみろ。今日のは結構美味いぞ」
そう言って、コールはカップを差し出した。
「いいよ。その辺の草だろ? 不味いし」
「今日のは成功だ。いいから試してみろ」
しかたなくカップに口をつけた
こんなやり取りも懐かしくほっとする。
しかしお茶を口の中に含んだ時に現実に引き戻される。
嘘だ!
これは幻だ! ネバダにも向かってない!
これはなかった事だ!
ミッシェルはコールにコルトを向けた。
「何のマネだ? 相棒……」
首を横に振るミッシェル
「味がしない……」
「そりゃ、その辺りの草を入れたから……」
「違う! 暖かさも感じない。つまり、これは夢だ!」
コールは静かにカップを置く。
「お前がそう思うなら、そうなんだろうさ」
「ねえ、嘘だって言ってよ」
「嘘だと言ってお前は納得するか?」
「するよ。コールが言うなら」
だがコールは何も言わず黙り込む。
それが答えだった。
ミッシェルはコルトの引き金を引いた。
銃声が荒野の闇にこだました。
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