第14話 フォマ・チャーノックの魔術
城塞居館の地下は錬金術の研究室に改造されていた。
各所に設置された照明器具は古めかしく、灯りも薄暗い。けれど天井の中央から放たれている奇妙な光で光源は不足していない。
手術台に寝かされたヴィオレタが今まさに身体を切り裂かれようとしていた。
身体に埋め込まれた“賢者の石”。
触媒として金属、非金属を金に変え、永遠の生命をもたらす霊薬ともなる物質である。
“賢者の石”を精製した偉大な錬金術師ニコラ・フラメルはそれをヴィオレタの“心”として埋め込んだ。
素材の劣化を除けば半永久的に動く自動人形に“心”を埋め込む事によって命を作り上げたのだとニコラ・フラメルは解釈したのだった。
ここに“賢者の石”の精製を試みて失敗し続けた錬金術士がいる。
錬金術士フォマ・チャーノック。
死の錬金術士と呼ばれるほど錬金術研究の過程で多くの毒と有害な細菌を生み出した。
彼は才能ある有能な錬金術士であったがどうしても“賢者の石”の謎は解き明かせなかった。
そこで“賢者の石”の精製方法の解明を他者に求めた。
名誉も、自尊心もどうでもよい。
彼は、どうしても“賢者の石”の謎をどうしても解き明かしたかったのだ。
研究室の周囲の壁には様々な神々らしき者共を模った象が彫り込まれていた。古代ギリシャの神々でも北欧の神々でも、ましてやキリスト教の天使たちでもない。それが皆、中央の祭壇めいた手術台に向けられている。
そこでは自動人形たちが手際よくヴィオレタを手術台に固定していった。
ヴィオレタは、抵抗を試みたがチャーノックの自動人形達の力は強く彼女にはどうすることもできなかった。
フォマ・チャーノックが身動きできないヴィオレタの顔を覗き込む。
錬金術士の鏡の仮面に彼女の顔が映り込んだ。
まるでヴィオレタをヴィオレタ自身が品定めをしているかの様だった。
そのチャーノックをヴィオレタが睨みつける。
「賢者の石は繊細な物質。あなたのような半端な錬金術士に取り出せるのかしらね」
「“”は繊細な物質。あなたのような半端な錬金術士に取り出せるのかしらね」
ヴィオレタは侮辱の言葉を投げかけたが相手はそれほど気に留めていない風だ。
「案ずるな、古い人形よ」
「へえ……賢者の石を造れなかった者がそんな技術があるとでもいうの?」
「生意気な人形め。もしかしたら、強気なのはあれのせいか?」
チャーノックはそう言うと出入り口の方を見た。
通路を通って大量の蝙蝠の群れが出入り口からなだれ込んで来る!
「吸血鬼め」
錬金術士が指を鳴らすと護衛についていた戦闘用自動人形たちが銃撃を始めた。
銃弾が何匹かの蝙蝠を撃ち抜くが群れ全体には意味を成さない。群れは大したダメージもなく、自動人形たちを覆い尽くす。まるで巨大な黒いアメーバーが獲物を捕食するかのようだった。
群れが通り過ぎた後には分解された自動人形の残骸が残るだけだった。
錬金術士は懐から短剣を取り出す。
聖骸を練り込んだ魔物除けの剣である。ヴィオレタの屋敷で仕掛けられたものだ。
錬金術士はラテン語で何かをつぶやき始めた。床に敷かれた魔法陣が輝き出す。
魔法陣から逃れた蝙蝠の群れが一箇所に集まるとミッシェルが姿を現した。
「その手品はもうタネが分かってる」
ミッシェルがコルトの銃口を短剣に向けると引き金を引いた。
短剣は銃弾に撃ち抜かれて砕け散る。
同時に魔法陣が消え去ってしまう
「吸血鬼除けの魔法陣に私は近づけないけど、物理的な運動でしかしない銃弾は違う!」
錬金術士は折れた短剣を投げ捨てると怯えたかのように後付さりした。
大した抵抗でもなくミッシェルは少し拍子抜けしたが吸血鬼除けさえ無くなれば相手は非力な人間にしかすぎない。
「遅かったわね。クライアントは大事にしなさいよね」
ヴィオレタがミッシェルに向かって言った。
「ヴィオレタ、今助ける」
ミッシェルはコルトを向けながら近づいた。
手術台の傍までいくと左手で錬金術士の首根っこを掴んで抑え込む。
「散々やってくれたな」
顔を近づけるミッシェル。
「気をつけて! ナイト!」
何かに気がついたヴィオレタが叫んだ。
鏡の仮面に映し出されたミッシェルの顔。
百六十年振りに鏡に映った自分の顔を見たミッシェルは一瞬戸惑う。
何故?
ヴィオレタが鏡の秘密を理解した。
錬金術士の鏡は光の反射を捉えているのではない。相手の魂の反射を囚えているのだ!
ミッシェルは身体の自由が効かなくなり何か仕掛けれたことに気づく
なんとか動こうとするが意識が集中できない。まるで何かに無理やり連れて行かれそうな感じだする。
「さあ、邪悪な吸血鬼……人だった頃を思い出すのだ」
錬金術士が囁きかけたその瞬間、意識も身体もどこかの彼方へ持っていかれる感覚に陥った。
気がつくと何かに揺られていた。
手に持った革製の手綱に鞍の上に敷かれている使い古しの毛布。馬に跨っている自分。
何もかも懐かしいものだった。
それだけではない。。身体に感じる太陽の暖かさ。肌に感じる風の感触。
それはミッシェルがずっと忘れていたものだった。
「おい、どうした?」
横から聞き覚えのある誰かの声に振り向くと彼がいた。
ガンベルトのホルスターには騎兵隊式収め方をしたコルトシングルアクションアーミー。鞍につけたライフル用ホルスターに差し込まれたウィンチェスターM1873。
無精髭に深く被った埃まみれの黒いテンガロンハット。
「コール……コール・ソントン? あんた、死んだ筈では?」
男の姿を見た時、ミッシェルの目からは涙がこぼれていた。
ミッシェルの言葉に相手は怪訝そうな顔つきになる。
「死んだはず? おまけに泣いてるのか?」
そう言ってコールは眉をしかめる。
「寝ぼけてると落馬しちまうぞ。しゃきっとしろ!」
それはミッシェルにとって、とても懐かしい口調だった。
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