第12話
ブラックホークはアパラチア山脈を目指し飛行を続けていた。
沈黙に耐えきれずリアムが隣に座るミッシェルに話しかけた。
「少し揺れるな」
「あたりまえでしょ? 快適なファーストクラスってわけじゃない。それより、あとどれくらいで追いつくの?」
「そう時間はかからないさ」
リアムはスマートフォンの画面を見た。
「相手の走行速度はせいぜい60キロか70キロだ。山道に入ればもっと速度を落とす。だが、こっちは200キロを越えるスピードだ。それと地上からも追跡チームが車を制限速度を無視して追ってる」
「ならいい……」
再び沈黙が続いた後、再びリアムが口を開いた。
「馬鹿な事を聞くと思うかもしれないけど……ちょっと気になる事があってさ」
「連中が言ってたこと?」
「そう、あんたが吸血鬼だって……まじか?」
ミッシェルはリアムの言葉を無視する。
「いや、言いたくなければいいんだ」
ミッシェルはため息をした後、コンタクトレンズを外した。その瞳は血のように赤い。
「うわっ……マジか。ほんとに赤い瞳だったか」
ミッシェルはコンタクトレンズをはめ直した。
「本当に血を飲むのか?」
「血は飲まない」
「そうか、吸血鬼ってのは本当は血を飲まないのか」
「いや、吸血鬼は血を飲むよ、飲まないといられないんだ。私はそうならないように特別な血清を打ち続けている」
「さっき首に打ってたあれか?」
ミッシェルはうなずいた。
「すると、あんたは血は飲んだことはない?」
「ああ」
「吸血鬼の処女だな」
「笑えない」
「気を悪くしたらすまない。ちょっと興味を惹かれたんでね。なにしろ本物の吸血鬼と会ったのは初めてだから」
「そう? 良かったわね、それは貴重な体験ができて」
「それであんな能力を……なるほど……すごいな」
リアムは納得したようにうなずいる。
「あんたみたいなのは大勢いるのか?」
「ほんと知りたがりだね」
「ああ、男ってのは美人の事は気になるものなのさ」
「な、なにを……」
「おや、照れているのかい? 噂じゃ、レッドアイってのは冷徹なプロだって聞いていたんだけどな」
ミッシェルは頬を赤くしてそっぽを向く。
「今度は俺の秘密を教えてやるよ」
リアムは自分の左側頭部を指差した。
「実は、ここに頭蓋骨の代わりにチタン合金が入ってる」
そう言って髪を書き上げると大きな鎌形の傷跡があった。
「軍にいた時に爆発に巻き込まれた時に頭蓋骨をやられたんだ」
髪を下ろすと軽く整え直す。
「病室のベッドで動けなくなっている時、俺が何を考えていたか分かるか? 俺をこんな目に合わせた奴をぶっ殺してやるってずっと考えてたんだ。絶対、銃弾をぶち込んでやるってな。ずっと復讐のことだけを考えてた。やがてリハビリも終わって動けるようになった。動けるようになってまずしようとしたのは復讐だ。だって、ずっと考えていたんだからな」
リアムは喋り続けた。
「ところが、俺をこんな目に合わせたやつはとっくに殺されてた。爆撃だかなんだか……とにかく俺が銃弾をぶち込む前に死んでたんだ。その時はどう思ったと思う?」
「……さあ? すっきりしたの?」
リアムは首を横に振った。
「どうにも寂しくなったんだ。虚無感っていうのかな……殺したいほど難い相手だっていうのにな。可笑しいだろ?」
ミッシェルは答えなかった。
「俺が言いたいのは……怒りってのは生きる糧にもなるってことだ」
その時、ヘリが大きく傾いた。
「なんだ!」
隊員たちが慌てる。
「攻撃だ。しっかり掴まっててくれ!」
パイロットが言った。
窓を除くと何かが並行して近づいてくる。
熱追尾ミサイルだ。恐らくチャーノックの仲間が追跡に気づいて攻撃してきたのだろう。
ブラックホークは飛行速度を上げた。
「誰か! ミサイルを見ててくれ! 20mくらい接近したら教えろ!」
パイロットの言葉にリアムがスライドハッチを開けて身を乗り出す。
ミサイルの推進剤の炎が見える。
「接近した!」
その声を合図にブラックホークが急旋回をかける。ミサイルはブラックホークを追い越し飛び去っていった。
「もう一発来る!」
死角から接近していたミサイルは旋回して機体を傾けて見つけたものだった。
「接近した!」
「駄目かも……」
パイロットは操縦桿を傾けたが二発のミサイルは旋回するブラックホークにしっかり追尾してくる。
「くそったれ!」
その時、リアムの横から照明弾が撃たれた。見るとミッシェルが照明弾用の単発銃を
向けていた。
放たれた照明弾を追ってミサイルが反れていく。
素早く再装填するミッシェル。
ミサイルが追いつくかと思われた瞬間、後続の二発目に向って発射した。
発煙弾に接触したミサイルは空中で爆発した。しかし爆発は思いの外近かった。機体のすぐ直前だった。
後尾ローダーが大きく振られ機体がコントロールを失う。
リアムがスマートフォンをミッシェルに押し付ける。
「いけ!」
「な、なにを……」
リアムはミッシェルを機外に放り出した。
墜落していくヘリを見ながら降下していくミッシェル。
馬鹿な奴……
地上に激突する瞬間、姿は蝙蝠の群れに変身した。
群れがまるで水面に起きた波紋のように拡散すると再び宙に集まって人の姿に変わった。そして人の姿に戻ったミッシェルは草むらに着地する。
着地した後、ミッシェルは立ち上がってヘリの墜落した方を見た。
「まったく……」
時計を見ると朝までは時間が残り少ない。
渡されたスマートフォンの画面を見ると起動している追跡アプリが発信機の方向を指している。それを電話画面に切り替えて名前を探す。
(リアムのボスの名前は何だったかな。確かエリック・キャンベル……)
電話帳機能から名前を見つけ出すとエリック・キャンベルに電話をかけた。
「リアムか?」
「違う。レッドアイ。覚えてるよね」
「リアムはどうした?」
「熱追尾ミサイルの攻撃を受けて墜落した」
「なんだって?」
「今、私のいる場所は特定できる? このスマホにも追跡アプリがついているんでしょ? ヘリが墜落したのは、ここから北東に2kmほどの場所。直撃ではなかったから生存している可能性は高い。あなた達が後続で追ってきているなら彼らを救助してあげて」
そう言って電話を切ると画面を切り替えた。
アイコンは地図上の道路を進み続けている。グーグルが正しければこの先には古い城がある。敵が根城にしている可能性は高いだろう。
朝までは時間が残り少ない。早く片をつけなければ……。
ミッシェルは走り出すと蝙蝠の群れに姿を変えた。
黒い群れは古城を目指して飛び去っていった。
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