第10話
ミッシェルは、よろめきながら身体を起こした。
それをリアムが手を貸す。
「おいおい大丈夫なのか?」
「わたし、見た目より頑丈なの」
銃弾は既に身体から押し出され、傷の回復は始まっている。立ち直るのに時間はかからないだろう。だが、今はそう呑気に治癒を待ってもいられない。速い治癒には血の補給が必要だったがリアムの首筋に噛み付くわけにもいかない。
ミッシェルは上着の内ポケットから特殊な血清を収めた注射器を取り出し首に刺した。これが血液の代わりをしてくれる。
「あんた、糖尿病なのか?」
自らの首筋に注射針を刺したミッシェルにリアムは驚く。
「似たようなものね」
ミッシェルはそう言うと首を軽く回した。
「調子良くなったみたいだな」
「まあね……それより、早くここから逃げないと」
「ああ、セーフルームに急ごう」
「駄目。セーフルームは後がない。屋敷から脱出が最良の選択肢だわ」
「俺たちが撃退する」
「あいつら相手に本当にできると思う?」
「俺たちプロだぞ?」
「あんたは分かってない」
言い合う二人の横にいたヴィオレタがミッシェルの上着の裾を引っ張る。
「取り込み中悪いんだけど、私も彼女の意見に賛成」
「ヴィオレタお嬢さん、こう言っちゃ悪いが子供に何が……」
「ここのセーフルームは私が設計した。強度もセキュリティーの厳重度も分かっている。だからあんなのには想定していないこともよく分かっている」
そう言ってヴィオレタが下の階を指差すと甲冑に身を固めた巨人たちが壁を破って侵入してくるのが見えた。後に続いて破られた穴から武装兵士たちがなだれ込んでくる。
「ああ、くそっ、分かったよ。二人に賛成。で、どうするか……え?」
ミッシェルは、すでにヴィオレタを連れて階段を登っていた。
「まったく、あいつら……」
リアムは転がっている武装兵のアサルトライフルを拾い上げると二人を追いかけた。途中、倒れている仲間の横を通り過ぎる。
仇は取ってやるからな……。
そう小さく呟いた。
「どこへ行くの?」
手を引かれるヴィオレタはミッシェルに訊いた。
「窓があれば、そこからあなたを連れ出す」
「敵は多いわよ」
「いいね。やる気が出る」
階段を登り切ると正面に部屋が見えた。ミッシェルはヴィオレタを抱えると部屋の扉を蹴破り中に飛び込んだ。
「首のところににしっかり掴まって」
ヴィオレタはミッシェルの首に抱きつくように手を回す。
「目を瞑って」
「私を子供扱いしないで。小娘」
「それは悪かったわ。お婆ちゃん」
ミッシェルはヴィオレタを抱えたまま窓を破って外に飛び降りた。
ガラスの破片が暗闇に飛び散っていく。
息を切らせて部屋に入ってきたリアムは、割れた窓から下を覗き込んだ。
「お、置いてけぼりかよ!」
庭に降り立ったミッシェルはヴィオレタを下ろす。
屋敷の中から銃声が聞こえてくる。同時に窓からは時折、銃撃のマズルフラッシュにより光が見えていた。
「屋敷は、かなり攻め込まれてるわ。早く行きましょう」
「まって」
「どうしたの?」
外灯の先の暗闇を睨むミッシェルはヴィオレタを背後に隠す。
「この先に何かいる……」
ワルサーP99をホルスターから抜くと銃口を暗闇の先に向けた。
闇の中から現れたのは黒いフードローブを羽織った男だった。身体からは異様な霧の様な煙が漂っている。
その姿を見たヴィオレタはある名前を呟く。
「フォマ・チャーノック……!」
感情を出さないヴィオレタの声に変化があった。
ミッシェルは、ちらりとヴィオレタを見た。
彼女、怯えている?
ヴィオレタの瞳はまっすぐ目の前のローブの男に向けられていた。
「見つけたぞ。ニコラ・フラメルの遺産よ」
人工音声の様な声が響いた。
その前にミッシェルが立ちふさがった。
「そうはさせない!」
ミッシェルはワルサーP99を構えた。
「お前を知っているぞ。吸血鬼」
「そいつはどうも。私もあんたを知ってるわ。死の錬金術師って呼ばれてるんでしょ?」
「後ろにいる自動人形をこちらへ渡せ」
「嫌だといったら?」
「お前を殺して奪うだけの話だ。吸血鬼」
フォマ・チャーノックは、ローブの下から柄を十字架に模った剣を取り出した。
「あんた、剣で銃に勝てるとでも?」
チャーノックは、剣を地面に突き刺した。すると地面に光が走り、ミッシェルたちの足元まで届いた。気がつくと光の線は大きな地面に巨大な十字を描いていた。途端にミッシェルの脚が重くなる。
「どうしたの?」
様子に気づいたヴィオレタが言った。
「わからない……けど、すごくまずい気がする」
次第に身体の自由が聴かなくなっていくのが分かった。
その様子をうかがうチャーノックの横にオコナーが立った。
「あれ、襲撃部隊を潰した奴だろ? たしかレッドアイとかいうヤバい能力の持ち主だ。一体、どうやったんだ?」
「これは、聖骸の一部を混ぜて鋳造した聖レオナルド剣。邪悪な闇の者たちの動きを封じる力を持つ」
「神秘の力ってやつだな。よくはわからんが仕事が楽になるのはいいね」
「あの吸血鬼を殺してヴィオレタを連れてこい」
「吸血鬼? あの女が……ああ、なるほど。だからか。OK、任せろ」
オコナーはレッグホルスターからコルトM1911を引き抜くとヴィオレタを捕らえに向かおうとした。それをチャーノックが呼び止める。
「銃では駄目だ。これを使え」
古びた探検が放り投げられた。オコナーは、それを慣れた手付きで受け取る。
「これは?」
短剣の刃先を見て材質の違いに気がついた。
「銀だな……ほう、高そうだ」
「吸血鬼を殺せる道具だ」
「知ってる。映画で見た」
オコナーはM1911をホルスターに収めると短剣の柄を握り直した。
「
それは武装自動人形たちに命令する時のキーワードのようなものだった。
オコナーがマイクで越しに伝えると背後から武装自動人形たちが現れる。
「お前たち、あの女吸血鬼をひざまずかせて押さえつけろ。そっちのお前は子供の方を捕まえとけ」
命令された自動人形たちは行動を始めた。二体の自動人形がミッシェルを腕を押さえて跪かせた。残りの一体は逃げようとするヴィオレタの腕を掴んで捕らえた。
拍子に担いでいたバッグを落としていまう。拾い上げようとしたが、自動人形に押さえつけられ手が届かなかった。
オコナーは動けないミッシェルの前に立つと銀製の短剣をちらつかせた。
「そのまま動くな、お嬢ちゃん。すぐ終わる」
「お嬢ちゃん? ちょっと、生意気な口を叩かないでよ……坊や」
「坊やだと?」
「その生意気な口を閉じないと心臓に穴が開くって言ってるのよ。坊や!」
オコナーは胸に照らされているレーザーポインターの赤い光に気がついた。
「ああ、くそっ!」
気がついた時には遅かった。銃声が響き銃撃を受けたオコナーが倒れる。だが頑丈な
さらに銃声が続いていく!
ライフルをフルオートに切り替えたリアムが射撃をしながら進んでいく。射撃は命中しが武装自動人形は身じろぎするだけで倒れはしなかった。
「なんだよ、これフルメタルジャケット弾だぞ。倒れろよ!」
撃たれたオコナーがよろめきながらも立ち上がった。
「肋骨にひびが入っちまったぞ……くそったれ。おい! その小さいのを早く連れてけ!」
オコナーは、悪態をつきながらヴィオレタを捕まえていた武装自動人形に命令した。その命令に従った自動人形はヴィオレタを無理やり立たせるとチャーノックの元に連れて行った。
「この礼は必ずしてやる! このクソヤロウ!」
オコナーもリアムの射撃にM1911で応戦しながら後退していった。
連れて行かれたヴィオレタはチャーノックを見上げた。
「フォマ・チャーノック……」
覗き込んだチャーノックの顔にヴィオレタの顔が映り込む。死の錬金術師は鏡の仮面で顔を多い隠してその素顔を誰にも晒さない。
「ああ、やっと手に入れた。偉大な錬金術師の最高傑作よ。私がその神秘の秘密を暴いてやる」
「立派な事を言っている気だろうけど自分で賢者の石を造れないから盗もうとしているだけでしょ」
その言葉に怒ったのかチャーノックはヴィオレタの首を掴んで強引に引き寄せた。 鏡の仮面にヴィオレタの顔が歪んで映り込む。
「好きなだけ侮辱するがいい、この作り物め! お前の創造主の作り上げたものは全て私のものになる。楽しみにしていろ」
チャーノックがヴィオレタの顔を掴む。その手は黒い革手袋がされていたが紫の煙の様なものが裾から洩れ出ていた。
それにヴィオレタが気がついた。
「あなた……もしかして身体が……」
その言葉にチャーノックは手を引っ込めた。変わらず鏡の仮面で表情は見えないが動揺したのは間違いない。
「崩壊し始めているのね。だから私の中の賢者の石を……」
チャーノックはヴィオレタから離れる。
「連れて行け」
命令されて武装自動人形はヴィオレタの腕を掴んでトレーラーに連れていった。
連れて行かれるヴィオレタに気がついたミッシェルは後を追おうとしたが身体は自由にならなかった。動こうとするたびに激痛が走り力も入らない。
「やめろ……」
力なく言うミッシェルの方をチャーノックが見る。
「吸血鬼よ。その聖なる輪の中では何をしても無駄だ。そこでおとなしくしてろ」
そう言い残してチャーノックは暗闇の中に消えていった。オコナーや武装自動人形たちもその後に続いた。
「待てっ!」
追おうとするミッシェルの声も虚しく響くだけだった。
よろめく彼女の側にリアムが駆けつけた。
「大丈夫か? レッドアイ。撃たれたのか?」
「撃たれてない。それより、あそこに突き刺さっている剣を抜いてくれ」
「え?」
「剣よ! 早くっ!」
「わ、わかった」
戸惑いながらミッシェルに促されたリアムが剣を地面から引き抜いた。すると、広がっていた光の陣も消え去っていく。不思議な光景にリアムは戸惑うが、おかげでミッシェルの身体は自由に動くようになっていた。
「ヴィオレタを連れ去られた……すまない」
ミッシェルは大きく深呼吸するとそうリアムに言った。
「おや? お前も謝る事があるんだな」
リアムは、にやけながらそう言った。
「ふん……」
不機嫌そうにしながらミッシェルが落ちていたバッグを拾い上げた。ヴィオレタが落としていったものだ。中を開けると錬金術師ニコラ・フラメルの日記が入っていた。ヴィオレタが大事にしていたものだ。
「なんだい、それ?」
「彼女の……ヴィオレタの宝物だ」
「お嬢さんのか。必ず助けよう」
そう言うとリアムがスマートフォンを取り出した。
「でもな、良い知らせもあるんだ、レッドアイ。ゲームはまだ終わっちゃいないぜ」
スマートフォンの画面には地図が映り中には赤いポイントが移動している。
「発信機? ヴィオレタに発信機をつけていたの?」
「もしもの為にな。最近はこいつで何でもできるんだ。あんたも不思議な力を使うが俺に取っちゃ、こいつも魔法と同じだ」
意外そうな顔をするミッシェルにリアムがスマートフォンをちらつかせた。
「言ったろ? 俺たちはプロだって」
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