第9話 錬金術師フォマ・チャーノック

 その夜は、いつにも増して警備が厳重になっていた。

 ヨハン・クルーガーは正面玄関の警備の担当だった。

 昼間に護衛対象であるヴィオレタ・クリステスクが襲撃されたことに警戒して装備もサブマシンガンからアサルトライフルに変更している。

 抱えているのはG36K。

 ブラック・シーが独自ルートで手に入れた特殊部隊仕様のドイツ製アサルトライフルで精度も高い信頼できるプロの銃だった。

 ヨハン自身も南アフリカ国防軍時代に使っていたベクター R4より軽いこの銃のコンパクトさと命中精度を随分と気に入っていた。


 時間は午前0時を過ぎていたが交代はまだ先だ。

 手袋が欲しかったと今頃になって思う。

 この土地の夜は冷えるし長時間の労働だ。とはいえ母国で失業しているよりよっぽどマシだった。高額なギャラは魅力的だったし中東での警備より死亡率は少ないとも聞いていた。一日のギャラは南アフリカで普通の仕事で稼ぐ金額の一ヶ月分なのだ。多少のリスクも納得済みの仕事でもある。


「煙草持ってるか?」

 隣で警備にあたってるアモス・バラックが声をかけてきた。

「持ってない。禁煙したんだ」

「禁煙だって? 人生の半分を損してるな」

「煙草で人生を半分にするよりいい」

 アモスは肩をすくめると門の方へ向き直った。

 昼間に護衛対象が武装集団に襲撃を受けたと聞いたが、一体どんな敵なのか?

 かなりの装備らしかったが流石にこの屋敷まではこないだろう。なにしろ鉄柵は頑丈なチタン製。訓練された仲間が武装して周囲を固めていた。ここを襲うには相応の覚悟が必要になる筈だ。

 門も見つめていると何かが動いている気がした。

 嫌な予感に襲われたアモスはG36を構えた。

「どうした?」

「何かいた」

 ヨハンは目を凝らして門の方を見た。言われて見れば何かが動いているように見える。それを音も聞こえる。何かが軋むような聞き心地の悪い音だ。

 G36Kの安全装置を外して身構えると照準器を覗き込んだ。

 門のそばのそれは、まっすぐ向かってくるようだ。

「こちら玄関門。何かが……」

 そう言いかけた時だ。

 頑丈な門をぶち破り巨大な何かの群れが突入してきた。

 庭内の照明に照らされてその姿がはっきり見えた。それを見たヨハンは我が目を疑った。そいつ人の姿はしているが二メートルを越える甲冑の巨人たちだ。

「なんだ? あれは」

「しるか! 撃て!」

 ヨハンとアモスは敷地に侵入して来た甲冑の巨人に向って射撃を開始した。だが巨人の着込んだ装甲は銃弾を弾き返してしまう。

 巨人は巨大な斧をひっぱり出すとヨハンたちに向って勢いよく投げつけた。

 回転しながら宙を飛ぶ巨大な斧。

 それがヨハンが見た最後の光景だった。



 屋敷に警報が鳴り響く。

 武装警備員たちがアサルトライフルを構えて敵襲に備えた。

 正面を怪物が向ってくる。

 その姿を見た武装警備員たちは一斉に気を取られた。その隙きを突いて怪物の背後からAK-12を装備した現れた武装集団が現れた。

 強固な防弾チョッキとマスクで身を固めた武装兵はAK-12を撃ちながら前進してきた。一気に仕掛けられた激しい銃撃にブラック・シーの面々も遮蔽物に身を隠す。

 その武装兵たちに続いて黒いフードマントを羽織った男が現れた。

 異様な雰囲気を漂わせる彼こそ死の錬金術師フォマ・チャーノックだ。

 その全身からは煙か霧のようなものが漏れている。遠目で見ると、まるで実体のない蜃気楼の様だった。

 少し離れて隣にハンドフリーマイクを付けた武装兵が立つ。他の武装した自動人形と比べると装備も軽い。

「まずは成功。有能な兵士たちだぜ」

 ジョン・オコナーは、抱えたタブレットPCで自動人形たちから送られてくる映像を喜々として見ていた。

 オコナーはフォマ・チャーノックが準備した戦力の中で唯一の人間で自動人形部隊に戦闘能力をもたせる為に雇われた傭兵だ。

「ただ、こいつら応答ができないのが問題だな。なんとかならないのかい?」

 フォマ・チャーノックはオコナーの方を見た。その顔を見た時、オコナーでも緊張して軽口も止まる。

「そのうちにな」

 フォマ・チャーノックは音声変換されたような人工的な声でそう答えた。

「ああ……楽しみにしてるぜ」


 一方、隠し部屋は防音だったが外の異状にミッシェルも気づいた。

「どうしたの?」

 ヴィオレタはミッシェルを見上げて言った。

「敵だ」

 その言葉にスマートフォンを取り出し操作する。画面には監視カメラの映像が映し出された。

「武器を持った奴らが入り込んできた」

「貸して」

 ミッシェルがヴィオレタからスマートフォンを取ると画面を見た。

「昼間襲ってきた連中だ。ここも心配ね」

「民間軍事会社のプロたちが守りを固めているのに?」

「この相手は彼らの専門じゃない」

 ミッシェルはヒップホルスターからワルサーP99を抜いた。

「私の専門だね」


 屋敷への襲撃はヴィオレタの寝室の警備担当たちにも知らされていた。現状待機のまま数分が経った後、ヴィオレタをセーフルームにつれていけとの指示が入る。

 指示を受けて寝室に入った二人は隠し部屋から戻ったミッシェルの姿を見て驚く。

「あんた……一体、どこから」

 その言葉に肩をすくめてみせるミッシェル。

「それより、彼女をセーフルームにつれてくんでしょ? 違う?」

 顔を見合わせる警備担当たち。

「早く行きましょう」

「ちょっとまって」

 ヴィオレタは持ってきた日記をバッグに入れると肩にかけた。

「いいわ、いきましょう」

 銃声が鳴り響くなか一行はセーフルームに急ぎ向った。

 途中、窓の廊下を突き破り屋根からロープで降下してきた武装兵が飛び込んでくる。

 警備員がハンドガンを向けたが武装兵の狙撃はそれより早かった。二人の警備員は即座に倒されてしまう。

 ミッシェルはヴィオレタを抱きしめると背中でかばう。AK-12の銃弾がミッシェルの背中に当たる。

 うめき声をあげてヴィオレタに倒れかかるミッシェル。不死身の吸血鬼の身体とはいえ痛みは感じる。百年以上の時を生きてもこれは嫌なものだった。

 動きを止めたミッシェルに武装兵が近づいていき狙いを後頭部に定めた。

 その時だ! 二人の武装兵の防弾マスクの目の部分を銃弾が続けて撃ち抜いた。

「大丈夫か! レッドアイ!」

 ミッシェルが顔を上げると廊下の端から駆けつけたリアム・ディアスがグロック17を構えて立っていた。

 いい腕だなとミッシェルは思った。

「撃たれたのか?」

「だめ! 迂闊に近づかないで」

 銃を下げて近づいてくるリアムをミッシェルが警告する。

 ミッシェルの言葉に眉をひそめたリアムだったが理由はすぐに分かった。撃たれて倒れていた武装兵が起き上がってきたのだ。

「おい、嘘だろ?」

 リアムが続け様に引き金を引いた。だが武装兵は平然としている。

「あれは自動人形よ。コアを破壊しないと動きは止まらない」

「自動人形?」

 ヴィオレタがリアムに教えるが聞き慣れない言葉に彼は理解できずにいた。

「ドロイドみたいなものよ」

 その単語にようやく言葉が通じる。

「で、そのコアってのはどこなんだ?」

 ヴィオレタは自分の胸の中心を指差す。

「多分、このあたり」

 だがその部分は防弾チョッキでしっかり防御されている。

「あれじゃ銃で撃ち抜けない」

 銃を構え直したものの対応に思案するリアム。

「あいつらすぐに立ち直る。ここは任せてヴィオレタを連れて逃げろ。」

 ミッシェルはそう言うとよろめきながら立ち上がった。

「任せろだ? おまえ怪我してるだろ」

「あれは普通の人間には手に負えない」

「ナメるなよ」

 リアムはミッシェルの言葉を無視して前に出る。

「それに怪我した女に守ってもらうほどクズでもねえ」

 機能を回復させ再びライフルを構える自動人形たち。先頭の一体の腕を蹴り上げ銃口の向きを変えると素早く背後に回り込んだ。次に隠し持っていたM67手榴弾を防弾ベストの隙間に押し込むと後ろの一体に押し付けた。

「伏せろ!」

 次の瞬間、自動人形たちの半身が吹き飛び破片と黒いオイルの様な液体が周囲に飛び散る。

 残ったのは下半身だけだったがそれでも前に歩こうとしていたがつまづき倒れてしまう。

「昼間の借りは返したぜ、クソヤロウ」

 悪態をつきながらリアムは倒れた残骸を蹴り上げた。

「どうだ! レッドアイ。普通ただの人間もやるときゃやるんだよ」

 その様子にミッシェルが首を横に振る。

「まったく、なんて奴だ……」

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