第18話 夜に踊れ、夜に響け
「ねぇねぇ、今夜みんなでさんさ見に行かない!?」
気が付けば夏期講習も後半に入ったその日、朝食でせりかはそう提案した。盛岡さんさ踊り。世界一の太鼓パレードと地理の村井も言っていた。だが、太鼓のパレードと言っても想像もつかない。面白そうではあった。
たまたま今日は自分がとっている講座の授業がなかった。他のメンバーの授業が終わるまで学校の自習室で自習して待つことにした。学校の自習室を使うのは初めてだった。下宿の自分の部屋で勉強するのが、自分にとっては一番落ち着くからだ。自習室には野球選手のポスターが貼っている。中日ドラゴンズの谷繁だ。ポスターの前で勉強している同志の放つ近寄りがたいオーラを気にしながら、離れた席に座った。
たまに環境を変えるというのもいいものである。朝9時に自習室入りして、17時まであっという間に過ぎていった。下宿の皆と街に繰り出していく。街はすでに人でいっぱいだった。屋台も立ち並んでいる。翔太とせりかはやきそばを買ってきた。智久は不意にいなくなったと思ったら、なぜか牛丼屋の牛丼をテイクアウトしてきていた。祭りっぽいものを食べたいと思って、チョコバナナを買ってみた。公園で先に腹ごしらえだ。
「智久お前なんで牛丼なんだよ!どんだけ好きなんだよ!」
「屋台で買うと高いからね。安くておいしい牛丼が一番だよ。」
「合理主義者だな、智久は。」
「ただ単に牛丼が好きなだけなんじゃないの~?そういう玲央はチョコバナナじゃん。かわいい!」
「そんな腹減ってないんで。」
「リーダーがチョコバナナ食ってる絵面なかなか貴重じゃね?」
「玲央くんの貴重な食事シーンだね。」
「そうだね。そんな玲央くん初めて見た。」
「!?」
不意に乱入してきたのは、浴衣姿の種市だった。明らかに予備校帰り、という感じでなかった。一瞬、かわいいと思ってしまったのが不覚だ。
「かなちゃん気合入ってるね…」
「玲央くんも楽しんでるようで何より。ま、今日くらいは楽しまなきゃね。じゃ、連れ居るから、またね。」
そういうと種市はさっさと去っていった。
「なーに鼻の下伸ばしてるんだよ、リーダー!」
「あれはみとれてる顔だね。また貴重な顔見れたね。」
「……」
何も言えなかった。
「そろそろ始まるんじゃない?」
通りの方にみんなで歩いて行った。しばらくして、太鼓の音が響き始めた。無数の太鼓を持った踊り手が、流れるような動きからしなやかに太鼓を叩く。数百の太鼓が同時に叩かれると、空気の振動までが伝わってくる。華麗さと迫力を同時に感じられる祭典だ。独特の空気に街は包まれた。
「すげぇ…」
「これは壮観だね。」
「私も浴衣で来るんだったかな…でも下宿に持ってきてないしな…」
せりかだけ今更悔しげだ。
「これ見るの、これが人生で最初で最後なんだろうなぁ・・・」
思わずつぶやく。このまま東大に行ったら、盛岡に戻ることもないだろう。この街とは一年限りの付き合いだ。浪人生という立場上、そうでなければならないはずだ。
「俺は岩大だから、来年からも盛岡だけどな。みんなは盛岡じゃないもんな。」
「まぁそれでも、大学行ったら今の時期は夏休みだろうから、また集まればいいじゃないか。」
「それはそうなんだが…」
大学に行ったらそれぞれの付き合いができる、というような言葉は飲み込んだ。今こうして付き合いを持っている浪人仲間が、一生の友になれば、それは素晴らしいこととは思うのだが…
「私は大学行っても、玲央とはつながってたいかな」
せりかが言う。
「俺はいつでも盛岡にいるしな!」
「翔太はまず受かるかどうか心配だけどね!」
「な、がんばるからさぁ~」
とりあえず、今は今を生きる。東大実戦は今月だ。結果を出すと固く誓った。
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