第12話 七夕決戦

 村井と吉沢の説教は心に迫るものがあった。人生経験の差はこのようにして言葉に表れるのだなと実感した。教育者というものを見直した。だが一方で、それで心が晴れたかと言えば、そういうことはなかった。確かに今までは、周囲の承認こそが勉強をする理由だと思い込んできた。それが思い込みに過ぎないことに気づいたのは、自分の中で大きな一歩である。だが一方で、勉強に対してどうもモチベーションが上がってこない。あの話を聞いた後でもなお、勉強に目的を見出しているせりかをどこかうらやましく思っていた。


 気づけば日付は7月7日。勝負の模擬試験。……だがあろうことか寝坊してしまった。皆とっくに下宿を出たようだ。筆記用具だけを持ち、まともに身支度もせず急いで飛び出した。

 なんとか間に合ったが、寝癖すら直さず来たものだから、教室に入るなりクスクスという声を浴びるのは当然であった。座席は毎回シャッフルされているらしい。周囲に知っている顔は見受けられなかった。……もっとも、大々的に前回の模試で校内一位であることが掲示されているので、一方的に自分を知る者はいるのだろう。校内トップのお出ましとしては、あまりにもお粗末だったといえる。


 長い模擬試験が終わった。前回より難易度は高かったはずだ。というか、前回が簡単すぎた。今回の難易度が本来の入試に近いのだと感じた。本来のセンター試験は2日かけるのに、模擬試験は1日に詰め込むので、体力的にも厳しいものがある。

 せりか達とは下のホールで一緒に自己採点をすることになっていた。勝敗はすぐにわかるというわけだ。足早にホールに向かうと、すでにせりか達が採点を始めていた。


 「よっ、リーダー!どうよ今日の出来は!」

 「まあ、難しかったかな。」

 「自信なさそーだな!これいけたんじゃね?」

 「翔太くん、そんなに僕らのリーダーは甘くないよ。さ、玲央くんも採点をはじめてくれよ。」


 せりかは黙々と採点を進めている。解答を出し、自分も採点を始める。……どうも今回はダメそうだ。


 「よし!おわった!えっとね…数学と物理と化学だよね…」


 翔太と智久も担当教科の得点を出し合い、連合軍の得点を算出する。自分も合計点を計算する。……779点。なかなか厳しい結果だ。前回から60点以上も下がるとは。


 「玲央は採点終わった?」

 「うん。」

 「私たちの合計から教えるね!」


 その顔は自信にあふれていた。


 「合計は…803点です!」

 「…779点だ。負けたよ、みんな。」

 「え、マジかよ!俺ら勝ったのか!」

 「今回の問題でその点数はさすがだね。僕ら一人一人の得点ではとても及ばなかったよ。」

 「……負けて当然だ。みんなの方が本気だった。それだけだよ。」

 「ふふん。わたしたちをなめすぎたね!玲央!」

 

 あぁ、負けたのか。…それ以上何も考えられなかった。


 「なあ、今日まで頑張ってきたし、カラオケでもいかね?」

 「いいね翔太!」

 「玲央くんはどうだい?僕は賛成だよ。」

 「ああ。行こう。」


 かくして、大通りに向かうことになった。


 大通りに入ると、なにやらラップの声が聞こえる。…どうやら、以前CDをくれたHazakuraがまた路上ライブをしているらしい。


 「なぁ、ちょっとついてきてくれないか?」

 「お、なんだよリーダー。」

 「ちょっと見てほしいものが」

 「玲央から提案なんて珍しいじゃん。面白そうだからいってみよう!」


 映画館通りとの交差点へ向かう。以前と同じ、ドーナツ屋の前で、ラップを披露していた。


 君が立つ場所 そこが君の世界のセンター

 君の向くほうが前さ 後ろは背中

 ただ何も考えず 前へ 前へ 前へ 前へ!


 「お、やってるね。Hazakuraさん。」

 「玲央ってラップ聴くんだね。」

 「いや、この前たまたま見つけて気になって…」

 「熱いじゃんなかなか!」

 「なんだかんだいって、玲央くん彼のこと気になってるよね。」


 相変わらずチープな詞だと思うが、やはり気になってしまう。


 誰かの言葉に心振るわされるたび

 悔しさ 無力さが駆け巡るボディ

 まぁいいさ と嘘臭くごまかす日々に

 中指たてて 立つことにしたストリート

 俺のストーリーは続く まだ空は曇り

 未熟なライム 酸っぱい顔でさらけ出す

 客は皆無 でも叫ぶ そのために生きてる


 「玲央、さっきからすっごい集中して聴いてる…」

 「好きなら好きって言えばいいのにね」

 「リーダーを夢中にさせるなんてさすがだぜ!」


 ここまで自分の想いをぶつけるのは、自分にはできないと思った。それが、聴かずにはいられない理由なのかもしれない。


 「……俺、Hazakuraのラップ、好きだわ」

 「言わなくてもわかるよそんなの!」

 「わざわざ僕らにつき合わせるんだからね」


 翔太が少し考えてから言う。


 「なぁリーダー、なんでこいつのラップ、好きなんだ?」


 なんで好き、か。


 「……ラップはよく分からないんだが、たぶん完成度は低いんだろうと思う。それでも、初めて生で見たラップだから、好きになったのかもしれない。それに…」


 「それに?」


 せりかも興味ありげに聞いてくる。


 「……俺もこういう風に、今自分がやってることに必死にならないと、って思ってるのかもしれない。」

 「なるほどね。……なんか、前に部屋で話したときとは違う答えだね。」

 「おい、部屋で話したってどういうことだよ智久!」

 「まぁ、音楽を愛する仲間同士の対話…ってとこかな。」


 せりかは何も言わない。……どこか、大きな感情がこみあげてくるのを感じた。


 「なぁ、俺、みんなに負けて、悔しいよ。……次は負けない。」


 模擬試験の成績での勝ち負け自体に意味なんかないのだろう。だが、浪人生という身分。やるべきことはただ一つ。ならば、それに意味がなくとも、限界まで頑張ってみようと、そう思った。

 

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