第二章 思考停止の夏
第13話 小テストは朝飯前
英語の授業の後、吉沢に呼び止められた。
「やぁ。この間の模試はどうだったかい。」
「ちょっと不調でした。気を引き締めて頑張ります。」
「まああの模試はそんなに重要じゃない。重要な模試は来月だ。わかっているよね。」
「はい、東大実戦ですね。」
「会場を変えて盛岡一高で、現役生と共に受けてもらう。……どうだい。あれから君自身、考え方の変わったところはあるかい。もし余計に迷わせてしまっているならと、心配でね。」
「とりあえず、今は何も考えず、勉強に打ち込もうと思います。」
「そうか。それでいいよ鳴海君。頑張ってくれ。」
「はい。」
東大実戦は東京大学に出題形式も配点も合わせて行われる、最も重要な模擬試験だ。国語120点、数学80点、英語120点、地理60点、世界史60点。結果が求められる模擬試験だ。
いまの課題は世界史だった。先日の模擬試験では72点。東大志望者としてはあまりにもひどい数字。智久は100点満点だった。
智久はどうやって勉強しているのだろうか。夕飯のとき聞いてみよう。
下宿に戻ると、ちょうど夕飯が出来上がっていた。食堂には智久がすでに入っていた。
「お、智久お疲れ。」
「玲央くん、今日は早かったんじゃない?」
「智久に聞きたいことがあってさ」
「なんだい?」
「世界史ってどうやって勉強すればいいんだと思ってね」
「前一緒にテキスト買いに言ったじゃないか。あれやっとけばこの間の模擬試験くらいだったら満点とれるよ。」
「そうなのか。」
「うん。」
「全然この間の模擬試験ダメだったからなぁ。」
「それは勉強してないからじゃないかな。世界史なんて、東大のあの論述問題はともかく、この間の試験程度なら暗記して終了だよ。」
勉強していない。ストレートに言われてむっとしたが仕方ない。事実なのだから。
「苦手だから勉強が後回しになっちゃうんじゃないかな。…僕は受験科目が限られてて優先順位がつけやすいけど、玲央くんは全部本気で勉強しなきゃいけないから。」
「そうなのかもしれない。意識的に避けているかも。」
「…僕が毎日、テキストの範囲決めて口答でテストしようか。…朝食のときに。」
「…マジで言ってるのか。」
「当たり前じゃないか。僕もいい復習の機会とさせてもらうよ。いっしょに頑張ろうじゃないか。」
こうして、毎朝世界史の小テストを受ける日々が始まった。
翌朝。朝起きてテスト範囲のテキストを見返す。そして食堂に降りる。
「おはよう玲央くん。さて、テストを始めようか。」
「いきなりかよ。」
「ダメだったら覚え直してくるんだよ。それまで朝ごはんはなしだ。」
「勝手な奴だ。」
「いくよ。…カデシュの戦いでヒッタイトと戦い世界最古の国際条約を結んだエジプト第19王朝の王は?」
「ラムセス2世だろ。」
「その通り。ラムセス・ザ・セカンドだね。次行くよ。」
すると、翔太とせりかが食堂に降りてきた。
「おはよう諸君。」
「おはよー!…朝から何やってるの?」
「あぁ。玲央くんの世界史のテストだよ。…玲央くん。アルファベットの起源となった、シナイ文字からつくられた22字の子音から成る文字は?」
「フェニキア文字だな。」
「その通り。あと3問いこうか。」
せりかと翔太の好奇の視線を浴びながら、なんとか全問正解できた。
「よし、合格だ。朝食食べていいよ。」
「なんか飼い犬にしゃべるような物言いだな。」
「僕に飼われたいのかい。」
「馬鹿いえ。」
「なんかうれしそうじゃん玲央~」
「何を言うんだおい。」
「世界史勉強してない俺にとってはクイズ番組見てるみたいだったぜ。」
「毎朝やるから玲央くんの解答楽しんでね。」
「勝手に見世物にするなよ。」
こうして、毎朝智久の試験を受ける日々が始まったのだった。東大実戦まで、あと50日となっていた。
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