第11話 計画的犯行

 「鳴海君。君は僕のこと、どんな先生だと思ってるかい。」


 突然のよくわからない質問だ。吉沢は担任ということになっているが、どちらかというと英語の講師という印象が強い。授業になると急にテンションが上がる。さながらショーのようだ。ショーが終わると、糸が切れたように黙って講師室に戻る、そのギャップが激しい。キャラが強いだけに生徒の間でよく話題になる。ギャンブル中毒で借金をしていると専らの噂だ。


 「まぁ、面白くて、こうして面談もしてくれて親身になってくれる先生だと思っています。」

 「そうか。それはよかった。……自分自身もね、いま予備校の講師を続けてる理由なんてよく分からないんだよ。『生徒の笑顔が生きがい』とか、『目の前で生徒の人生が変わるのを見ることに喜びを感じる』とか、それっぽいことを感じて仕事をしているわけじゃない。」

 「そうなんですか。」

 「ただ単にできることの中で、お金が稼げることをやってるだけだよ。……お金稼げないと借金返せないしね。」

 「あの噂本当の話なんですか。」

 「……まぁそれはともかくだ。……どうだい。立派な人間じゃないだろう。輝いて見えないだろう。私なんて。」


 さすがに何も言えなかった。せりかと比べれば、そりゃあ凄みというか、迫力というか、重みのようなものを感じない。


 「でも、立派じゃないけど、こうして生きている。生きるために講師をやっている。それで、受け入れてくれる先生方や、家族がいる。それで十分だと思っている。……いま『頑張っている』かと言われれば、正直頑張ってはいない。でも、確かに周りに受け入れてもらいながら生きているんだ。それで満足なんだよ。」

 「生徒に勉強を頑張らせる立場で、『頑張っていない』ってなんかおかしいですね。」

 「鳴海君の言う通りだ。そう思われても仕方ない。だが、『頑張る』ことは、生きるための必須条件じゃない。これは事実だ。」

 「玲央君。そもそも、生きること自体に意味があると思うかい。」

 「よくわからないです。」

 「学校の先生なら絶対こういうことは言えないんだろうけれど、はっきり言って、世の中に絶対に存在しなければならない命やモノなんて存在しないんだよ。何かがなくなったところで、ないならないなりに勝手に新しいシステムが出来て、世の中は再び回っていく。……有名人が亡くなったらニュースになるが、数日したら忘れているだろう。それと同じだ。……別になくなってもいい存在が、何をしようと、長い目で見ればどうでもいいことだ。生きていることに意味を見出すのは不毛なんだよ。」

 「そういう考えもあるのかもしれませんね。」

 「だから、他人に自分の存在理由を求めても仕方ないし、社会貢献しなければならないとか、輝いていないといけないとか、活躍していないといけないとか、そういうものもない。自分の生き方を決めるのに軸とできる確固たるものは、結局のところ『自己満足』しかないんだよ。人の命を救って満足できるなら医者や消防士になればいい。人の人生変えて満足できるなら教育者になればいい。社会貢献が自己満足につながるなら、社会に貢献できる人間になるよう頑張ればいいが、所詮どうでもいい存在が織り成す『社会』自体にも意味なんかないんだから、社会貢献も究極的に意味はない。自己満足のための道具の一つに過ぎないんだ。……もっとも、よく使われる道具ではあると思うけれどね。」

 「なるほど。」

 「確かに吉沢君は立派な人間じゃないかもしれないが、吉沢君の人生や考えていることを否定する権利がある人間なんかいるかい。」

 「……いないと思います。」

 「……今まで玲央君にとっては『見返したい人間』が自己満足の道具だった。だが、いまはその道具は使えない。君はどうやって、自分の人生に自己満足するかい。……もっと言えば、どうやって死ぬ間際に『生きててよかった』と言える人生を実現しようと思うかい。」

 「すぐには答えは出ないと思います。」


 村井の言うことは自分にとって新しすぎて、理解が追い付かないが、少なくとも、自分だけがちっぽけな存在だと思う必要はないと、そう思った。


 「鳴海君。君ならこの話を理解できると思って、村井先生と考えて伝えることにしたんだ。……君は周りからよく見られようとし過ぎていたかもしれないね。」

 「……実際は周りから尊敬される人物になりたいとか、一目置かれる人間になりたいとか、はたまた他人を見返したいだとか、そんな思いはあまりなかったのかもしれません。もしあったのなら、もっと真面目に勉強と向き合えていたと思うから。」

 「もちろん君が今後、何かをやりたいと思ったり、頑張る理由を見つけたりしても、それは他人にとっては何の意味も、価値もない。だから、素直に、自分が心の底から満足できる人生を歩むために、今何ができるかを考えてごらん。それを僕らは黙って見守っているよ。」

 「はい、ありがとうございます。」


 初めて、誰かをすごいと思った。吉沢と村井の背中が大きく見えた。こういう感情は初めてだ。誰かを尊敬する感情って、こういうものなのだと思った。

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