第9話 せりかの見た孤独
せりかたちの「宣戦布告」から数日経った。下宿では変わらず仲良くしているものの、明らかに皆勉強に熱が入っていた。せりかと翔太が学校の自習室から帰る時間は日に日に遅くなり、智久は学食に出てこず部屋にこもるようになった。
最終コマが休講となり、授業が早く終わったある日のことだった。まっすぐ下宿に帰って勉強しようと川沿いの遊歩道をいつものように歩いていたところ、ぼーっと川を眺めるせりかを見つけた。
「どうしたんだ?」
「はっ!玲央じゃん!なんでこんな時間に?」
「最後の授業なくなったから早く帰ろうと思って」
「そっか。」
明らかに様子がおかしい。いつも振り回されるのは困りものだが、急に元気がないところを見てしまうと、それはそれで気になって仕方がない。
「どうしたんだ?」
「なんかもう夏だなーって。」
「答えになってないぞ。」
「……」
こういうときにかける言葉を、自分が持ち合わせていないことに気づく。
「なんか私に優しくしたそうだけど、どうしたらいいかわからないって顔してるね。」
辛そうだから気にしてたのに、それでもいつものように接してくるのがせりからしい。せりかはいつも心の深いところを言い当ててくる。
「じゃあ、話、聞いてよ。それだけでいいからさ。」
言われるがままにせりかの話に耳を傾ける。
「おばあちゃんが亡くなって、今日で一年になるんだ。」
せりかからおばあちゃんの話を聞くのは、初めて会ったとき以来のことだった。それも話の中に少し出てきた程度だったが。
「一周忌に顔出そうと思ってたんだけど、お母さんからは『せりかが一生懸命勉強頑張るのが一番の供養だから』って止められてさ。でも、やっぱおばあちゃんのこと思うと、何も手につかなくて。」
「おばあちゃんのこと、好きだったんだな。」
「うん。いつも優しくて、色々教えてくれて。こんなふうになりたいなって思ってた。でも、去年……」
今にも泣き出しそうだ。
「手術が出来れば助かった病気だったのに、田舎じゃできなくて……だから私が医者になって、田舎でおばあちゃんみたいな人を助けたいって思ったの。」
よく聞く医者の志望理由ではあるが、目の前で当事者が語っているのを見ていると、「よく聞く」では流せない重さを感じる。
「だから、もっと頑張らないとって。玲央に負けないくらい……」
「それで、勝負を?」
「別にそんなわけじゃないよ。翔太が言ったから乗っただけだもん!なんなら私一人で玲央に食って掛かるし……そう思うでしょ!?」
「まぁ……」
「……私、本当に医者になれるのかな……」
いつになく弱気だ。だが、気になったことがあった。
「なぁ、翔太が言い出しっぺなら、なんでみんなせりかに言わせたんだ?」
「何を?」
「その、俺に勝負を挑むとか…」
「……今の話、みんなに話してたの。玲央くんが帰る前に。」
「そうだったのか…」
「……あっ、もしかしてヤキモチやいてる~?」
「別に…」
「……せりかの口から玲央に言わなきゃダメだって、翔太も智久も言うからさ。…『智久に負けない』って。……僕たちがついてるからって。」
「なるほどな。」
「……負けないから。智久に負けないくらい勉強できるようになって、医者になるんだから。」
「あぁ。」
せりかは自習していくと言って学校に戻った。開運橋の向こうに、夕日に照らされた岩手山がはっきりと見えた。
自分はなんで東大を目指しているんだろうか。せりかのように、勉強する目的がはっきりしている人がうらやましい。他人を見返したい、そう思ってやっては来たが、よく考えれば、見返したい人間は自分のことを見てくれているのだろうか。仮に見返したところで、何の意味があるのか。
勉強することに、意味なんてあるのだろうか。何かに向かって頑張ることに、意味なんてあるのだろうか。まっすぐ頑張る理由がある、せりかがうらやましく見えた。
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