第7話 智久の分析

 日曜日は授業もなければ食事も出ない。朝食をコンビニで買って、食堂で食べて、そのまま食堂で授業の予習をするのがモーニング・ルーティンだった。

 今日はどうも調子が悪い。数学の予習をと思ったが、計算が思うように進まない。問題に手ごわさを感じないのに、それを解けていないという感覚だ。

 気分を変えようと英語のテキストを開いた。だが、やはりアルファベットが頭に入ってこない。アルファベットの方は自分の頭に入ってこようとしているのに、迎え入れられていない。そう感じた。

 そうこうしていると、入り口の自動ドアが開いた。まもなく、智久が食堂に入ってきた。智久の日曜日のモーニング・ルーティンは駅前の牛丼屋で朝定食を食べてから食堂で勉強するというものだった。朝の散歩も兼ねられてよいのだという。だが、それにしては今日は戻りが遅い。もう11時を回ろうとしていた。手にはビニール袋が提げられていた。街中の複合施設、クロステラスに入っているレンタルショップの袋だった。


 「なんだい、今日は玲央くん一人かい。」

 「いつも日曜は智久と二人だろ。智久がいなけりゃ一人になるさ。」

 「それもそうだね。」

 「何か買ってきたのか?」

 「あぁ。Flying Liarのアルバム。好きなんだ。」

 「Flying Liar?」

 「あぁ、玲央くんは知らないか。ちょっとマイナーだもんね。」

 「CDラジカセかなんか持ってるのか?」

 「うん。持ってるよ。というか、そこ聞くかい?」

 「なぁ、俺にもそのアルバム、聴かせてくれないか?あと、俺も聴きたいCDあるんだ。」

 「お、いいね。じゃあ部屋に行こうか。」


 基本ミルキーウェイは旅館時代の名残からか、個室は和室だ。名前に裏切られた気分になる。だが、なぜか智久の部屋だけは洋室だった。ピカピカのフローリングにベッドが置いてある。部屋も自分のより広い。その分部屋代はお高いようだが。

 智久の机にはCDがずらりと並んでいる。Flying Liarのものも数枚あった。そういえば、以前高いイヤホン買ったことを翔太にいじられてたなあと思い出す。


 智久が買ってきたCDを先に再生する。智久はマイナーだと言っていたが、食堂のテレビのCMで流れていたような歌もあった。清涼感のあるメロディーが印象的だった。智久はいつもイヤホンをしているが、こういう歌を聴いているんだなと思った。これが好きだと言えば、せりかみたいな女子にも受けがよさそうだ。そんな感じがした。


 「ねぇ、君のCDも聴かせてよ。」


 先日、ラッパーのHazakuraから半ば押し付けられたCDを差し出した。


 「知らないアーティストだなぁ。どこで買ったんだい?」

 「路上ライブのラッパーにもらったんだよね」

 「そうなんだ、ということはこのCDはラップが入っているのか」

 「だと思うよ」


 再生すると、やはりラップが聴こえてきた。ちゃんとしたプロのアーティストのCDを聴いた後だと、どうも安っぽく、素人っぽく聞こえてしまう。事実そうなのかもしれないが。

 しかし、やはりチープな詞にしか聞こえないのだが、どこかずっと聴いてしまうところがある。ずっと聴きたくなる、というより聴かなければならないような気がする。そんなラップが、ずっと続いた。


 「ふーん、なるほどね。」

 「どう思う?」

 「まぁプロとして出せるようなCDじゃないよね。ラップあんまり聴かないけど。万人受けするものでもなければ、おぉって思うような言葉回しでもないし。」

 「やっぱそうか…」

 「おっと、ちょっとガチで言い過ぎたかな。気を悪くしたならすまない。」

 「いや、俺もそう思うから気にしないで」

 「ん?君からCD差し出してきたわりには意外な反応だね。」

 「いやぁ、俺も上手いとは思わないんだけど、なんか路上で聴いてて気になってね」

 「ふーん。」

 「なんだよ。」

 「玲央くんってさ、なんか脳みそが二つあるみたいだよね。」

 「なんだそれは。」

 「みんな玲央くんのこと、素直じゃないって言うけど、玲央くんは玲央くんなりに素直に生きてるんだろうなって思うんだ。」

 「なんだよいきなり。」

 「玲央くんは、ふだん嘘をつくことってあるかい?」

 「いや、嘘をつくことはそんなにないかな。」

 「そうだろうね。」

 「さっきから何が言いたいんだよ。」

 「そうそう!その短気なところ。玲央くんってとても素直だよね。」

 「せりかみたいなこといいやがって」

 「玲央くんほど何考えてるかわかりやすい人はいないよ。そして、何考えてるかわからない人もいない。」

 「なんだよそれは」

 「玲央くんって、自分でも自分が何考えてるかよくわかってないんじゃない?」

 「……」

 「あ、もしかして図星かい。」

 「まぁ…」

 「なんでこのラップにはまったかもよく分かってないでしょ。」

 「そうだな。」

 「やっぱりね。まあ、僕にもわからないけど。」

 「そういうお前は、自分が何考えてるか分かってるのか。」

 「そんな深くものを考えたことがないからね。」

 「答えになってないぞ。」

 「そんなことはないよ。これが君の質問に正面から向き合った答えさ。…少なくとも、君よりは自分が何考えてるか、わかってる自信はある。」


 何を言い返したらいいかわからなかった。


 「分かるといいね。君の『第二の脳』が、何を考えているのか。」


 

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