第6話 未知との遭遇
自分が大通りに出かけるときは、だいたいミルキーウェイの誰かと一緒だった。自分一人で行くことはなかったのだが、今日はなんとなく、一人で大通りに繰り出したい気持ちだった。
といっても、買い物できるほどの金もなければ、夕食が待っているものだから何か食べに行くわけにもいかない。とりあえず、書店にでも行くか。そんな結論に至るのは、当然のことであった。
大通りに向かうと、何人か人が集まっているのが見えた。映画館通りとの交差点。以前せりかに強引に連れていかれたドーナツ屋のあたりであった。
「どこまでも青臭く Hazakura」
譜面台の上に置かれたスケッチブックには、そう書かれていた。路上ライブという奴だろうか。路上にまともに人が歩いていない田舎生まれの自分にはなじみがない。どうやら楽器の類は持っておらず、マイク一本、それと、アンプとかいったか。音を大きくするやつが置いてあった。
まぶしかったのは夕陽だけじゃない
生きたかった生涯 目の前には障害
その心には包帯 傷だらけの状態
それでも夢見る 頂点でのShow time
これがラップというやつか。生で聞くのは初めてだ。必死で紡ぎだす言葉が、ダイレクトに突き刺さるような感覚。いつしか自分も足を止めて聴いていた。
だいたいの人間は、目もくれずに歩き去っていく。あるいは、一瞥はするものの足を止めることはない。足を止めて聴いていた人は数えられる程度だった。
CDを販売しているようだが、買うだけの金もなかった。買ったとしても、再生する機械がない。せめて今の曲だけでも聞いて帰ろうと思った。
喪失感 無力感 その中にある違和感
年老いた浮浪者が引きずり回すリヤカー 退屈な言葉 中身がスカスカ
見下す理由はこれまでの苦労か そこに何がある 答えは無でいいか
おそらく駆け出しなのだろう。韻を踏むことに酔うばかりで、よくわからない詞に思えた。にもかかわらず、ここを立ち去ろうとは思えなかった。気が付けば、彼のライブが終わるまで聴き入っていた。
「ねぇお兄さん、ありがとうね!ずっと聴いてくれて!どうだった?」
やけにハイテンションに話しかけてくるじゃないか。こういうとき、何と答えるのがいいのだろう。
「よかったです。夢中で聴いてました。」
「マジで!?お兄さんハート揺らしてくれた?」
独特の文法だ。
「えぇ、まぁ…」
「そんな考えこまないでよ~。そうだ、よかったらCD買ってかない?」
「お金がないんで…」
「そうか…お兄さん大学生?」
「……」
答えようか迷った。
「…浪人生です」
「そうなの!?頭良さそうなんだけどな~」
「………」
「いやでも、お兄さんみたいなタイプの人がずっと聴いてくれたの初めてだし、記念に1枚CDあげちゃうよ!よかったら聴いてよ!お兄さんすぐ行っちゃうんだろうなぁって思ってたからさマジで」
断ろうとしたが、有無を言わさず押し付けられた。
「良かったら名前だけでも教えてよお兄さん」
「鳴海…鳴海玲央っていいます」
「玲央くん!かっこいいね!どうかHazakura見たらまた聴いてください!じゃあね!」
気が付いたら真っ暗だ。もっとも、いつもならこのくらいの時間にやっと村井から解放されるのだから、ちょうどいい暇つぶしになったと思えばそれまでなのだが。
ようやく下宿に着いた。ミルキーウェイの皆はいつも通り授業が遅くなったと思うんだろう。
「よ、リーダー!木曜は大変だな!お疲れ様です!」
翔太は自分のことを「リーダー」と呼ぶようになった。まあ、初対面のときみたいにいちいち「東大志望様」と言われるよりはずっといい。
「いやぁ、玲央くんがうらやましいよ。マンツーマンでずっと教えてくれるんだから。」
基本的にマンツーマンの授業がない智久からしたら当然のコメントだろう。まぁ木曜日は毎回同じことを言われるのだが。
「おつかれー!ごはんあっためとくねー!」
せりかは世話焼きだ。食堂は特に指定席ではないのだが、自然と席が決まっていく。せりかはいつも自分の隣だった。
みんな、食堂のテレビを見てくつろいでいる。その中で一人、遅い夕食をとるのが木曜日の夜の風景だった。
「なんかこの東大生、玲央に似てない!?」
「うん、そっくりだね。玲央くんもテレビに出れるかもね。」
何を言ってるのかといえば、テレビのクイズ番組の話だった。現役東大生が出ているらしい。こういうの、最近増えたな。
「ねぇねぇ、ちょっとテレビの問題解いてみてよ!」
せりかに言われたので、一問くらいは付き合うことにした。
「超ドき…」
「戦艦ドレッドノート」
「え、すごい!それだけで分かるの!?まだ東大の人押してないよ!…あ、押した…マジで!?玲央正解じゃん!」
「常識じゃないか?」
「そんなわけないじゃん!やっぱ玲央ってすごいんだなー」
「リーダーが東大入ったら、絶対クイズ王だな!」
「やっぱ玲央くんにはかなわないね。」
「なんだよ智久、対抗してるのか!?格が違うぜリーダーはよ!」
いつも通り木曜の夜は過ぎていったはずだった。だが、どういうわけか胸騒ぎがして、この日は眠れなかった。
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