第4話 わたしの手作り
せりかも川沿いの近道を知っていたようだ。遊歩道を歩きながら帰る。
「東大志望なんでしょ?すごいよね!」
「まあ別に志望するだけなら誰でもできるし」
「そうだけどさ!」
「せりかさんは山形大の医学部志望でしょ?それもすごいと思うけど」
「え、ほめてくれるの?うれしいなぁ」
「別にほめたわけじゃ」
「玲央くんってなんかいじりがいあるね!」
これは翔太よりやっかいだ。完全にペースを握られている。
「あぁ、山がきれいだ」
「あ、ごまかそうとしてる!照れてるの?」
「うるさいなぁ」
「あ、怒っちゃった?」
「別に」
そうこうしているうちに、下宿に着いた。材木町の商店街には、何やら出店が立ち並んでいた?上に大きく「よ市」と幕が上がっている。
「あ、そういえば今日は土曜日だ!よ市見ていこうよ!」
「なんだそれ?」
「毎週土曜日になるとこうやって出店並ぶんだ!イベントもやったりして楽しいよ!」
「あ、ああ。」
ノーとは言えずについていく。野菜、果物、雑貨、古本。いろいろと売っている。
「ねぇねぇ、そば餅食べる?昔おばあちゃんに買ってもらって好きなんだ!」
「そば餅か。食べたことないな。」
「え、もったいない!買ってあげるから、いいから食べてみてよ!」
「お、おう。」
確かにおばあちゃんが買ってきそうな味だ。懐かしい味、というのはこのことを言うのだろう。この味を形容する言葉を他に見つけるのは難しい。
「やっぱおいしいなぁ。思い出の味ってやつ?」
「ありがとな。おいしいよ。」
「いえいえ~」
こうして女子とイベントに行く、という経験をそういえばしたことがなかった。端から見たらデートじゃないか。そう思えてくるとなんかこっぱずかしい。
「あ、野菜も売ってるよ!自炊用に買っちゃおうっと!」
「自炊?ご飯なら出るじゃないか」
「日曜日は出ないじゃん。食堂裏のキッチン使ってもいいって言ってたから、自分で作っちゃおうと思って」
「料理が好きなのか?」
「まあね。めちゃくちゃ上手ってわけじゃないとは思うけど、たまに作るよ。」
「そうなんだ」
「あー、もしかして、『せりかさんの料理食べたい』って思ってる?」
「いや、ま、まあ。食べさせてくれるなら、別に、食べるけれど」
いやとは言えないじゃないか。
「じゃあ明日食べさせてあげるね!みんなの分作っちゃおうっと!」
そういうと売られている食材の品定めに夢中になってた。買った食材の荷物持ちをさせられながら、下宿に戻った。せりかが「明日は私が夕食つくるからね!」と、食堂のみんなに言って回っていた。俺は淡々と冷蔵庫に食材を詰めていた。何してるんだ、俺。
翌日、宣言通りせりかが夕食をふるまった。
「はい、みんな大好きハンバーグ!」
机には、ポテトのついたハンバーグと、汁物が置かれていた。翔太も智久も、席に着いた。
「なあなあなあ、この汁物、なんていうんだ?全然見たことないぜ」
「これ?これは『ひっつみ』っていうんだよ。岩手県の郷土料理!」
やたらと粉をこねさせられたのは、これだったのか。もちもちしたものが、野菜のたっぷり入った汁の中に入っている。そういえば、学校給食でたまに出ていた気がする。青森でも食べられている料理のはずだ。
「おばあちゃんが教えてくれたんだ!元気が出るよ!」
せりかはどこか誇らしげだ。
「うん。おいしいね。なんだかほっとする。僕も地元でたまに食べていたから。」
「智久も岩手だもんな!めっちゃうま!」
「ああ。旨いよな。」
「玲央も手伝ったんだろ?お疲れさん!それにしても、せりかはいつ玲央と仲良くなったんだ?」
「え、昨日の学校帰りだよ!」
「なんだよ、早速一緒に下校とか、東大志望様は格が違いますなぁ!このこの!」
「玲央くんも隅におけないね。」
「ベ、別に。」
なんだか温かい気持ちなのは、ひっつみの懐かしさのせいだろうか。せりかの人柄のせいだろうか。自分も仲間に入れてもらえているようなこの感覚。久しぶりの感覚だ。
「来年の春、こうしてひっつみを囲んで、みんなで合格祝いしような」
「いやいや玲央くん、さすがに気が早すぎるよ。何も始まってないじゃないか」
「そうだぞ!もう受かった気なのかよ~」
「それに、また私に作らせる気なの?」
「いや、なんか、これからどういう一年になるのか、想像もつかなくてさ。何か希望があれば、乗り切れる気がして。」
「玲央くん…」
「玲央…」
重たい空気にさせてしまったらしい。こういう、自分が話すのをちゃんと聞いてもらえる空間に慣れていないので、ついつい話し過ぎてしまう。
「でもなんか、つれないこと言うわりに素直だよね、玲央くんって。なんかかわいいかも!」
「なんだよかわいいって」
「あ、照れてる?」
「照れてるね、玲央くん」
「いやぁさすがの東大志望様もタジタジですなぁ~」
「まぁ、がんばろうぜ。翔太も、智久も、せりかも、みんなで受かろう。みんなで受かるんだ。」
「うん、そうだね。」
「お、リーダー誕生だな!」
「なんだよそれ」
「チーム・ミルキーウェイのリーダーだよ!玲央くんが!」
「そうだね。玲央くんは見ていてほっとけない魅力がある。リーダーとしてふさわしいんじゃないかな。」
「ま。リーダーっつっても、何するかわかんないけどな!でも、大事なところもってきやがったからな!そういう役回りってことで!」
「そ、そうか。」
こうして、せりかのパーティーは幕を閉じた。そして、浪人生としての一年が始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます