第3話 登校初日
登校初日の朝。筆記用具とノートくらいしか入っていないリュックを背負って、翔太、智久と3人で予備校に向かう。
「おい、学校までの近道知ってるぜ。ついて来いよ。」
俺と智久は、まっすぐ商店街を通り抜けて登校するつもりだったが、翔太は下宿を出て右の方へ行って手招きする。夕顔瀬橋とか言ったか。駅に向かう方向のはずだ。
「おい、そっちは駅じゃないのか。」
「いいからついてこいよ。階段降りるぞ。」
「え、そっち?」
智久が驚くのも無理はない。橋を渡るのかと思ったら、橋のそばの階段を川の方へ下りるというのだ。
「こっから北上川沿いに歩けば学校はすぐだぜ。」
階段を降りると遊歩道につながっていた。なるほど、これなら川沿いを歩いてそのまま学校にたどり着けそうだ。
「大きいだけじゃなくてきれいな川だよね。川底まで見えるよ。」
「な?いいだろこの道。」
花が咲いている。今日はきれいな青空だ。振り向くと、岩手山がはっきりと見えた。観光案内にあるような風景だ。思わずスマホをとり、写真に収めた。
「ちゃっかり写真撮っちゃってるじゃん玲央くーん。気に入った?」
「この風景が、いつか思い出に変わるんだな。」
「おい玲央くん、まだ始まってもいないだろ。僕たちの浪人生活。」
「別にいいだろ。」
いくつかの橋の下をくぐり、歩いていくと、案外すぐに予備校に着いた。「大沢予備校」とある裏門を通り、受付に向かう。俺と智久は同じ教室に案内されたが、翔太とは違う教室らしい。席も決まっていた。偶然にも、智久は俺の後ろの席だった。
「お、玲央くんの後ろか。」
「ああ。」
「そういえば、今日はテストと面談だったよね。そんな準備するものではないということだったけれど。どう?自信のほどは。」
「まあぼちぼち。」
「世界史のテストないのに世界史ばかり勉強してるから余裕なんだろうなぁと思ってたよ。」
「仕方ないだろ。せっかくあれ買ったんだし。」
「何が仕方ないんだか。」
講師が入ってきた。
「はい、皆さんおはようございます!担任の吉沢です。よろしく!皆さんの進路指導は私が担当しますので、いつでも相談してくださいね。」
元気のいい先生だ。まあ初対面だし張り切って当たり前なのかもしれないが。
「それでは、さっそくテストに入っていきます!皆さんには簡単なテストだと思いますけどね、まあ真剣にやってくださいね。」
吉沢の言う通り、テストは簡単だった。マーク式だったが、入試とは比べ物にならない基本的な問題だった。おそらく満点だろう。智久も楽勝という顔をしている。この後一人一人面談をするので、昼食をとって待つよう指示があった。
「受ける意味もないテストだったな。」
「まあまあ玲央くん。簡単なのをちゃんと解けるってのが大事なんじゃないか。」
「そうだな。」
「玲央くんって意外と素直だよね。プライド高そうなのに。」
「べつにここで逆らっても何の得もない。」
「そんな言い方しなくても。まあいいけどさ。」
俺が最初に吉沢に呼び出された。上の階の教室に案内された。
「鳴海玲央くんね。東大文一志望。よろしく。」
「はい、よろしくお願いします。」
「今年はウチの東大志望は君だけだ。…君は確か、うちの学費免除なければ高卒で働くつもりだったんだっけ?」
「はい。浪人する金はないと、親に言われていたので。」
「そうか。ここで思う存分勉強してくれ。大きな予備校みたいなことはできないかもしれないが、最大限サポートするよ。」
「ありがとうございます。」
「ところで、なんで東大目指してるんだい。」
「言わなきゃダメですか。」
「東大は決して簡単じゃない。現に君も落ちてここにいる。覚悟がなければ越えられない壁だ。だから、ここでその覚悟を聞いてみたいと思ってね。」
翔太のときのように、適当にごまかして流してはくれないようだ。まあ他の生徒もいないし、話しても問題はないか。意を決して口にする。
「見返したいんですよ。今まで自分のことを無視してきた、周りの人間を。」
「詳しく聞かせてくれるかい?」
「自分は昔から、クラスでは目立たない存在でした。頭だけは誰よりも良いと思ってたんです。でも、勉強ができたところで、学校じゃ誰も相手してはくれない。かといって、他に得意なものがあるわけでもない。それなら、勉強で突き抜けたら、認めてくれるんじゃないかって、思ったんです。」
「なるほどね。それで東大ね。」
「おかしいですか。こんな理由で東大目指したら、だめですか。」
「まあダメっていう権利は私にはないけどね。その理由でどこまでいけるか楽しみだ。まあ、頑張ってくれ。」
その後面談は施設利用の説明だけで終わった。智久を呼んでくるように言われた。智久が先に帰ってていいと言うので、そうすることにした。
予備校を出るや否や、一人の女子生徒に声をかけられた。確か同じ下宿だったはずだ。名前は…
「ねぇねぇ、玲央くんだよね。同じミルキーウェイのせりかだよ。」
「あ、はい。玲央です。」
「そんな緊張しなくてもいいじゃん。同じ下宿なんだし、仲良くいこうよ。」
「よろしくお願いします。」
「いま帰り?一緒に帰る?」
「あ、はい。」
翔太とは別の意味で面倒だ。まあ、仲良くしておいた方がいいか。そう思い、一緒に帰ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます