第2話 書店にて

 7時に目が覚めた。すがすがしい朝だ。

 食堂に行くと朝食が出来ていた。白米に味噌汁、冷奴におひたし、納豆、牛乳。シンプルな朝食だった。二人しかいないのに、ご飯は三膳置いてあった。

 しばらくすると、翔太も食堂に降りてきた。朝はテンションが低いらしく、軽くあいさつを交わすのみで、黙々と食べていた。

 しばらくすると、インターホンが鳴った。


 「おはようございます。今日からお世話になります。千葉智久ちばともひさです。」


 手続きの前にまず朝食をと管理人から言われ、入ってきた。どうやら彼もミルキーウェイの住人になるらしい。三膳目の朝食が置いてある席について、ご飯を食べ始めた。

 

 「よっ!俺は石川翔太。よろしくな!」

 「鳴海玲央。よろしく。」

 「よろしくね。二人とも。」


 絵にかいたように知的な美男子だ。浪人生っぽくない。浪人生っぽさが何なのかよくわからないが。


 「よう智久、志望校どこなんだ?」

 「早稲田の政経だよ。翔太くんは?」

 「俺は岩大、こいつは東大な!」

 「おい、勝手にしゃべるなよ」

 「いいだろ別に?」

 「せめて自分で言わせてくれよ」

 「はいはい、『アイデンティティ』なんだろ?」


 いきなりこのノリではさぞかし智久も困惑しているだろう。そう思っていると智久が口を開く。


 「玲央くんにとっては大事な目標なんだね。東大って。僕はなんとなく早稲田って感じだよ。」

 「俺もそんな深く考えてないんだよなあ。別に岩大じゃなくてシューダイでもいいし。国立行ければさ。」

 「シューダイ?」

 「東大志望様は何も知らないんだな。秋田大学だよ。『秋』に『大』だから『シューダイ』!」

 

 人の名前みたいだなと思った。さておき、これでは智久がおいてけぼりだ。話を振ってみよう。


 「智久は出身はどこなの?」

 「久慈ってところ。一応岩手だけど盛岡に来るより青森にいく方が楽かも。」

 「俺青森なんだ。十和田ってところ。」

 「俺は秋田の横手だぜ!」

 「二人とも結構遠くから来てるんだね。まぁ、仙台や東京で浪人するよりマシだけどさ。」

 「まぁ楽しくやってこうぜ!」


 いい感じに締まったところで、またインターホンが鳴った。後から届くように手配した俺の荷物が届いたようだ。


 「一緒に部屋に運んでやろうぜ!」


 こうして、朝食の時間も終わり、部屋の整理に移っていった。整理といっても、着替えと参考書の類いだけなので、すぐに終わった。


 「ねぇ、玲央くん。今日は学校の予定ないよね。書店でも巡らないかい。」


 智久が見計らったかのように部屋にやって来た。


 「いいね、行こう。」


 こうして、街へ繰り出すことにした。


 「盛岡って、なんかほどよく都会だよね。東京ほどごちゃごちゃしてないけれど、色々なお店がある。」

 「十和田はシャッターばっかりだからなぁ。久慈も?」

 「そうだね。田舎は仕方ないのかな。」


 スマホを頼りにたどり着いたビルの3階に上る。1フロアすべて書店になっているらしい。こんなに大きな書店を見るのは生まれて初めてだ。


 「すごい、本ってこんなにあるんだ。」

 「こんなに本が並んでるの、初めて見たよ。玲央くんもかい。」

 「ああ。」


 参考書コーナーを探した。5分ほど歩きまわって、赤本で真っ赤に染まった本棚を見つけた。大学名がずらっと、赤い背表紙をバックに100は並んでいる。修学旅行で行った、鳥居が延々と並んでいる京都の神社の風景を思い出す。名前は忘れてしまったが。


 「さながら伏見稲荷ってとこだね。」

 「あ、そうそう、伏見稲荷だ、伏見稲荷。修学旅行で行ったなぁ。」

 「まさか、玲央くんも同じこと考えてた?」

 「あ、ああ。そうみたいだ。」


 なんか悔しかった。心が通じ合ってることを喜んでも良さそうなものだが。おもむろに智久が赤い壁の中から一冊を抜き取る。


 「へぇ、東大の世界史ってこんな問題出すんだ。結構簡単なんだね。」

 「別に世界史だけできればいいってわけじゃない。」

 「まぁそうだけどさ。『都市の空気は自由にする』とか。早稲田で出たらみんな解けると思うよ。」


 世界史はどうも苦手だった。確かに苦手だ。智久が簡単だと騒いでいる問題は、高校時代初めて解いたときに解けなかった問題だった。定期テストレベルといえばそれまでだ。こんなの勉強しなくても解けて当たり前だ。今は覚えたから、別にいい気もするが。


 「智久はどうやって世界史勉強した?」

 「これだけ大きい書店なら、僕が使ってるテキストもあるはず。見てみよう。」

 「ああ。」


 智久が自分より世界史ができることは、認めざるを得ないんだろう。


 「すごい、世界史だけで棚一個使ってる。見たことないのもいっぱいあるよ。どれどれ…」

 「おい、智久が使ってたやつ早く教えろよ」

 「まあまあ焦らないで。もっとよさげなのありそうだし。ちょっといろいろ見させてよ。」

 「時間かかりそうだから俺は先に英語の見てる。」

 「いや、ちょっと待って。とりあえず、これが僕の使ってたやつ。見てみてよ。」


 その後いろいろ見たが、結局はじめに智久が差し出したテキストに落ち着いた。智久が使ってて、良いというのだからまあ使えないことはないのだろう。智久は他の書店も回ろうと思ってたようだが、初めての大きな書店でお互いつかれたので、今日のところはそのまま帰ることにした。


 下宿に戻ると、すでに見たことのない下宿生が翔太を囲んで夕食を食べていた。今日だけで、智久も入れて4人が新しく下宿に入ったらしい。


 「お、ようやく帰ってきたぜインテリコンビ。いきなりデートですか~?」

 「ああ、そんなところだよ。」

 「おい智久、そこつっこまないのか」


 夕食も自己紹介大会と化した。相変わらず翔太が全てを仕切っていた。歩き疲れたので、軽く自己紹介をするとさっさと床についた。

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