Hits me!

山下 明

序章 チーム・ミルキーウェイ

第1話 到着

 目が覚めると、電車はちょうど盛岡駅の0番線に入ろうとしていた。今日からここで生活するというのに、荷物はリュック一つだけだった。


 切符が見つからず焦ったが、見つけるのは造作もないことだった。ここは自動改札ではないらしい。焦っているところを駅員に見られただろうか。軽く会釈をして足早に改札を出た。


 電車に乗ったときは晴れていたはずだが、盛岡は小雨がぱらついていた。折り畳み傘を持っていた自分の賢明さにほっとする。慣れない折り畳み傘だが、スムーズにさすことができた。幸先がいいと言っていいのかもしれない。これから始まる生活を思うと、そう思わないとやってられない気がした。


 地下通路を通り、また地上に出ると、開運橋はすぐそこだった。晴れてれば北上川の向こうに岩手山がきれいに見えると聞かされていたが、当然今日は見えなかった。


 昔一度だけ盛岡には来たことがある。大型ディスプレイに映る広告を見て、ものすごい都会だと思った記憶がある。だが、東京の街を一度見てしまった今、同じことを思うはずもなく、ディスプレイを一目見ただけで、すぐに下宿へと向かった。


 「ミルキーウェイ材木町」


 商店街の突き当たりに、今日から住む下宿を見つけた。もともと旅館だった建物をリノベーションして作ったらしい。まず食堂に案内されたが、真新しい純白のクロスにテーブル、木目調の塵一つない床が印象的だ。手続きを済ませ、213号室の鍵を受け取ると、食堂に一人の男が入ってきた。


 「お、君もここに住むの?」

 「あ、鳴海玲央なるみれおっす」

 「俺は石川翔太いしかわしょうた!よろしくな!」


 初対面だというのになれなれしい奴だ。だが、悪い気はしなかった。こちらも細かいことを気にせず話せるから。


 「翔太はどこ大目指してるの?」

 「おいおい、いきなりそれ聞く?」

 「浪人してるんだから、目指す大学が一番のアイデンティティなんじゃないのか?」

 「アイデン…難しい言葉使うんだな玲央は。でも、まず自分から話すのが筋じゃないのか?」

 「俺は東大…東京大学文科一類目指してる。」

 「おお、マジか…」

 「翔太も教えろよ。俺は教えたぞ。」

 「いやぁ、東大目指してる奴の前で言えねえや」

 「なんだそれ、ずるいぞ」

 「わざわざ話すことでもなくね?」

 「もういいよ、時間の無駄だし」

 「なかなかキツいねぇ…まあ仲良くやってこうぜ。一年間一緒なんだから。」

 「ああ。」


 管理人が言うには、鍵を渡したのは自分が二人目だということだ。ほとんどの下宿生が明日の到着を予定しているという。とりあえず、213号室に向かう。道路に面した6畳半ほどの部屋には、和室にベッドと学習机が置いてあった。他の荷物は宅急便で後ほど届く段取りになっていた。家電の類は共用スペースにあるため、部屋には全く物がない。

 

 とりあえず荷物を置いて一息つく。本来は夕方になると先ほどの食堂でディナー、ということになるようだが、今日は夕食が出ないらしい。財布だけ持って、どこかで食べてこようと思ったちょうどそのとき、翔太が部屋にやってきた。


 「よっ、一緒に飯でも行かね?いいラーメン屋知ってるんだ」

 「それはいいな、初めてだからどこ行こうかと思ってたんだ」

 「よし、行こうぜ」


 言われるがまま翔太についていき、着いたのは大盛りが売りのラーメン屋だった。大量のモヤシの上に、ニンニクが乗っかっている。腹は減っていたので、ちょうどよかった。


 「玲央はどこから来たん?」

 「青森から。翔太は?」

 「俺は秋田から。横手ってわかる?」

 「名前だけは聞いたことあるな。かまくらが有名なんだっけ?」

 「さすが東大志望、詳しいねぇ」

 

 関係ないだろ、という言葉を飲み込んだ。


 「ガンダイ行きたくってさぁ」

 「ガンダイ?」

 「岩手大学のことだよ。東大志望様は下々の大学には興味ないってか?」

 「…お前、さっき教えようとしなかったのにあっさり自分の志望大学いっちゃうんだな。」

 「それが浪人生の…アイデンティティ…だっけか、なんだろ?」

 「言い慣れてないんだな」


 物言いがいちいち鼻につくが、翔太が自分のことを理解しようとしてくれている気がして、ちょっと照れ臭かった。


 「なあ、なんで東大行きたいん?」

 「…言わなきゃダメか?」

 「教えてくれたっていいじゃんか、インタラクティブやろ、インタラクティブ、さっきスマホで覚えたで」


 明らかに使い方がおかしいが、あえてつっこまないことにした。言いたいことはなんとなくわかった。要するに腹割って話そうということなんだろう。だが、話す気にはなれなかった。初めて夕食を共にする場を、わざわざ重たい空気にはしたくなかった。


 「まあ、それはおいおいわかることだ」

 「おいおい、ね。わかったよ、今は聞かないでおくぜ」


 腹は減っていたと思っていたが、案外ラーメンは量が多かった。なんとか完食して、店を出た。


 「よく初めてであれ食べ切ったな。食べきれないと思ってた」

 「翔太はここ来たことあるのか?」

 「盛岡はたまに家族で行ってたからな。そのときはいつも寄ってた」

 「盛岡いろいろ他にあるじゃん。じゃじゃ麺とか、冷麺とか」

 「いや、ここのラーメンがよくてさ」


 ラーメンショップG。その名前をインプットして、盛岡での初日を終えた。初めて寝るベッドだが、案外すぐ眠れた。

 


 


 

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