第4話

オープンから半年が経ち、年が明けると本部から人が派遣されてきた。鹿山さんといって、秋に入社したばかりだが、元は食品メーカーの工場でマネージャーをしていた人だった。

「私の立場は全国にある、4箇所の工場を見ることですが、ここが軌道に乗るまでは、臨時的に私がここの責任者とさせていただきます」

鹿山さんは、初日にそう挨拶をした。元は下沼さんというおじいさんが責任者だったが、年明けに一度来たきりで、まるで存在感はなかった。


鹿山さんが来たことで、残業と土曜日の出勤が増えたが、それ以外で大きく変わることはなかった。何はともあれまずは溜まった商品を捌けさせなければならなかったから、残業が増えるのは仕方がなかった。社員のミーティングも、以前と同じように大村さんが仕切った。鹿山さんは隣で黙ってそれを聞き、たまに簡単な質問をしたり、一言二言補足するだけだった。それ以外では、毎日午前中に大村さんと2人でミーティングをするようになった。大抵昼までだったが、長いときは3時になっても終わらないときがあった。鹿山さんと差し向かいで話す大村さんの様子が事務所の窓から見えたが、顔面が蒼白になっているときがあり、厳しいことを言われているのは明らかだった。それでも大村さんが、私たちに対する態度を変えることはなかった。生産数の書き込み用紙を渡し、作業者個人ごとの記録をとることになったが、大村さんがプレッシャーを与えることはなかった。そのせいで、鹿山さんとのミーティングで大村さんが、実際に何を言われているのかわからず、不気味だった。パートたちは

「今日も大村さん死んでるね」

と無邪気に話していたが、私はその原因の一端が自分の仕事ぶりにあるのではないかと、気が気じゃなかった。


「生産管理の方法をね、習っているんです。何しろこれだけの規模の現場を動かすわけですから」

あるとき大村さんは、そう教えてくれた。私が話しかけると、大村さんはいつも穏やかに返事をし、私は心底安心するのだった。

「生産管理、ですか?」

「そうです。どれだけ洗浄するか、あらかじめ計画を立てて実行するのです」

どうしてそれが、大村さんを苦しませているのか、私にはピンと来なかった。

「それって何か役に立つんですか? なんか、みんなでいっぺんにわーってやっちゃえば同じじゃないですか?」

「確かにそうですね」

大村さんが苦笑いをしている。私の言葉が的を外しているのは明らかだった。

「おそらくタチバナさんがそう思うのって、私たちの影響なんですよね。今までは少人数のチームでしかやってこなかったから、力技でなんとかなっちゃったんです。だけど、これだけ大きいと、どこに何人かける、というのを予め決めないと、どんどん無駄が出ちゃうんです」

「大村さんて、そういうの得意そうに見えますけど」

「全然ですよ。結構大ざっぱですよ? 自分。 結局、数字のないところに、数字を立てていかなければいけないから大変なんです。それは、パソコンとか関係ないです。鹿山さんには、『大村は何でもパソコンでやろうとしすぎる』と怒られるんだから」


大村さんの話は今ひとつわからなかったが、それでも滞留していた商品は少しずつ捌けていった。相変わらず入荷の多い月初は夕方に物が倉庫に入りきるのかヒヤヒヤするが、物量の少ない月中には、受け入れの部屋の向こう側の壁が見えるようになった。通路が開いて、いちばん端の休憩室まで見渡せるようになると、みんなのテンションが上がったが、夕方になるとまたそれは塞がってしまうのだった。


ただし、作業者の疲労も相当だったようで、腰や手首を痛める人が何人か出てきた。私のチームにも手首が痛いと訴える人がいたので、大村さんに報告するとネットで手首のサポーターを購入してくれた。契約社員の古賀さんも腰を痛めて一週間休むことになり、その間に古賀さんのチームの人がひとり辞めてしまった。職場全体の雰囲気も悪くなってしまい、大村さんは、土曜の出勤は当面取りやめるとみんなの前で宣言した。


ダウンした作業者が戻ってきて、徐々に元の体勢に戻ってきたが、代わりに商品の滞留は増えていった。ゴールデンウイークに底を打ったと思った物量は徐々に戻っていき、気がつくとかなりの量を外に出さなくならなければならなくなった。鹿山さんが配送業者の倉庫を借りる算段をつけ、一時的に商品をそこに逃がすことにした。できるだけ手のかかる商品を外に出そうと大村さんが、テナーに札を貼っていたが、取り回しがきかないため、結局は手当たり次第そばにあった荷物をトラックに詰め込むことになった。トラックが行ってしまうと、大村さんは「うんざりだよ」と周囲に漏らしていた。


とにかく人を増やさなければならない。大村さんがミーティングでそう話し、翌朝の朝礼では、誰か人を紹介してほしいとお願いしていた。

「紹介してくださった方には、僅かですが謝礼もありますよ」

大村さんが茶目っ気たっぷりに言ったので、一部に笑いが起きた。私のところにも来て

「お父さんとかどうですか? タチバナさんが面倒見てくれるなら、給料に色つけますよ」

と言ってきた。私の父はまだ現役で働いていたので、そのことを言うと

「じゃあ、こうしましょう。私がお父さんの仕事やりますよ。んで、お父さんがうちの仕事をやる」

「何言ってんですか」

「こう見えて、20代の頃は事務職だったんですよ? 簿記三級も持ってますから、即戦力です」

大村さんは、出会ったときから冗談をよく言う人だったが、ここのところはそれが過剰になった気がする。大村さんが声をかけると、喜ぶパートもいたし、雰囲気が明るくなるから歓迎だったが、その分手が止まってしまう人もいて、チームの生産数が下がるんじゃないかと冷や冷やした。それよりも大村さん自体が、痛々しく見えてしまうことがあった。私は誰か知り合いで、働いてくれる人はいないかと、本気で考えた。


それから一週間くらいしてから、新規採用者が断続的にやってきた。派遣もバートもいた。その中に環さんという人がいて、この人が大村さんの運命を大きく変えてしまった。

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