27.嵐の前の
ルネリットに誘われるまま司郎たちは廊下を歩いていた。
そこにいるのは彼らだけではなく、護衛と思われる騎士四名と執事らしき男が一人、彼らを囲うようにしている。
しかし彼らはと言えば全く気にした様子もなく、緊張している様子も見受けられなかった。ただ一人、司郎を除いて。
(皇帝……皇帝か)
その言葉を思い出すだけで今の彼は頭を抱えて
かつてのこの国にも皇帝はもちろん存在した。彼も会ったことがある……と言うより、「会う」「会わない」というほどの浅い関係でもなかった。
だからだろう。彼の頭の中では、当時の皇帝の姿、所業、言動、全て脳内で当時のまま再生できる。願えるなら一生関わりたくないことだが……。
「ん? どした?」
顔に手をあてて大きくため息を吐くと、宗治がまるで珍獣でも見つけたかのような顔をしながらそう尋ねてきた。
「……いや、別に」
「んなワケねーだろ。何、何かあんの?」
こういう時の宗治は嫌でも中々引き下がらない。そして鋭い。相手にするのが嫌になるレベルで。
「ちょっと……思い出してただけだ。俺が知ってるこの国の皇帝ってどんなのがいたっけ、と思って」
「ほーん。そう言われると俺もちょっと興味あるなそれ。どんな人がいたんだよ、教えてくれよ」
これだから、と半ば助けを求める思いでチラリと視線をやると、他の面々も話しかけてこないだけで興味津々といった様子だった。見れば、ルネリットもお付きの従士たちも窺うように聞き耳を立てているのがわかる。
「あんたらもか」と言いたい心をぐっと抑えて、彼は実に久しぶりに、深く記憶の海を辿る。
「酷かったぞ、あの時代は。なんでもかんでも軍事力で解決しようとする馬鹿とか、戦時中だってのに金と女に溺れて粛清された阿呆とか、何が何でも書斎から出てこない引きこもりとか……あぁ、思い出すだけで腹が立ってくる」
「……マトモなヤツはいなかったのか?」
呆れ九割といった宗治達と、何故か冷汗をダラダラと流している皇室関係者を横目に、司郎は「そうだなぁ」と口にした。
「あの時代は、生き方を知らない阿呆と、”当たり前”を求めたマトモなヤツから先に死んでいった時代だからな」
彼の目はどこも映してはいない。
ただどこか——ここではない遠いどこかを見つめるように目を細める。
「勿論、皇族の中にもそういうヤツはいた。自分のことを考えないお人好しも、他人を無条件で信じ込める純粋なヤツも。……でも、そういうヤツから先に死んでいった」
「…………」
「そんな考えを持つことは当然悪いことなんかじゃない。ただ時期が悪かった。そうであるには、この世界の人間は未熟すぎたんだ」
司郎は腰に手を当てる。そこにある、硬質な手触りを確かめる。
今、彼の左腰には黄金の長剣が実体化している。普段は不可視、かつ不干渉であるはずの剣は、まるでそこにあるのが自然であるように彼の傍にあった。
彼はそれに触れる度、思い出す。否、忘れることなど如何にして出来ようか。
この世界に彼がある限り——彼の元に神器ある限り。その存在が過去を呼び覚ますのだ。
「もしそういうヤツがもう何年か長生きしてれば、もっと違う未来になったんじゃないかってのはあった。でも実際そうはならなかった。皆が狂っていた時代じゃあ、狂ってないヤツの方がおかしいもんな」
何でもない、当然のことのように彼は言う。
彼の仲間たちは、その想像も出来ない光景がどんなものかわからない。故に、彼の話す内容を完全に理解しているとは言い難かった。
「……まぁ、言ったって過去の話だ。今の皇帝はその時とは違うし、今は時代そのものが違う。俺はただの老害に過ぎないさ」
最後におどけたように笑う司郎だったが、仲間たちはどうしても笑おうという気にはなれなかった。
それに、と宗治は考える。
(コイツ……まだ何か隠してるな。話してたことは多分嘘じゃない。でも、まだ話してないこともある。少し前の白状の時も同じ……言葉を選んでる)
それは一種の勘でもあり、長年の付き合いからくる独特の距離感と観察眼でもある。司郎が「相手にしたくない」と言うのは彼のこういう一面だ。
もっとも、今現在の司郎は別の所に意識が行って、宗治が訝しむようにじーっと見つめていることなど欠片も気づいていなかった。
(さて、蛇の道は蛇なんて言うが、蛇が出るのかそれ以上の悪魔が出るのか……想像はつくけど、な)
彼の視線の先にある"招いた者"の背中は、何かを決意したように強かで、どこか頼りなく、そして何故か怯えているようにも見えた。
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