20.雷
今にも地上に雨を降らせんとするかのような、あるいは何か不吉なことを警告するかのような黒雲の下、所々が崩れ掛けた街を金属音を響かせながら走る一団がある。
数は二十程度、全員が馬に跨り、矢尻のように隊列を組んでいる。
「皆、よく聞け!」
その先頭、隊を率いる位置にいる男が大きく声を張り上げる。幾重にも響き渡る
「殿下は死地を脱された! 我らが為すべきはただ一つ、我らの忠誠と誇りにかけて、主君に牙を向けた愚かな者に裁きを下すことである!」
応、と全員から頼もしい返事が返ってくる。
対応が後手に回った分だけ出動するのが遅らざるを得なかった彼らは、その本来の役目を遂げられない
程なくして、騎馬隊の前方に何かが見えてくる。
二つほどの点だ。大きなものと小さなもの。距離が近づくにつれその点は具体的な形——人の姿をとる。はたして、異形の怪物と長髪の剣士が互いに切り結んでいた。
一人と一体はめまぐるしく立ち位置を変え、姿勢を変え、攻防を繰り返す。剣士は怪物が持つ大剣とは比較にならないほど細身の、刃が反り返った刀のみで渡り合っていた。
「——あの勇士に助勢する! 切り込み隊、続け!」
先頭の老将を皮切りに隊の前半分が
剣士もまた、背後から増援が到着することに気付いていた。
その時には既に行動に移っており、それまでの霞むような身のこなしとは打って変わって大通りの真ん中にどっしりと構えた。腰を深く落とし、刀を体の正面で静止させる。まるで何かを待つかのように神経を研ぎ澄ます。
怪物はようやく捉えた敵が微動だにせず構えているのを見て——自分の剣を真っ向から受けるという意志を汲み取って——大きく口の端を裂く。
「オオオオオオォォォーーーッ!!!!」
歓喜か、挑発か、牽制か。
地を裂き天を砕かんばかりに咆哮が轟く。
原始的恐怖を呼び起こす咆哮は、気の弱い馬の何頭かの脚を止めさせ、制御を失わせる。
「怯むな、進めぇっ!!」
何人かが落馬する中でも騎馬隊の殆どは前進を止めなかった。老将や付き人は最前列で走る。
自然と隊の陣形が崩れ、二列に真っ直ぐ並ぶようにして大通りの端に寄る。
その間に剣士は微塵も動かなかった。咆哮をまともにくらって尚、刀の先までピタリと身動ぎすらしない。
ただ待つ。ひたすらに。その瞬間が来ることを疑わず。
そして、来た。
これ以上ないほど完璧なタイミングで。
「オアアアァァ————!!」
鮮烈な雄叫びと共に大上段から振り下ろされる大剣。
一直線に敵の小さな体を引き潰さんと迫るそれを——
刹那の一瞬。
瞬きすら許されない一瞬の内に、剣士はその大質量体を弾き返していた。刀のたった一振りで。
大剣が真上に大きく跳ね上がられる。
守るものがなくなったその体はひどく隙だらけで。
「今だ!」
猛速で通り過ぎる騎馬隊が、通り過ぎざまに怪物の体を次々と切りつけていく。
全員が怪物の背後に回る頃には、その体のあちこちに傷が刻まれていた。肉が抉れて骨が見えている所もある。全身のあちこちから大量の血が噴き出ている。
だがしかし。
怪物はまだ生きていた。
どころか、節々から少しづつ傷が癒えていく。
肉の繊維が再生し、絡み合い、縫合された傷が表皮に覆われる。
「……なんと」
「どこまでも化け物じゃないか……っ」
兵たちの間に動揺が走る。
自分たちの攻撃を目の前で完全に無かったことにされるのはかなりの衝撃だろう。加えて、攻撃する前よりもほんのひと回りだが大きくなっているようにも見える。
怪物は、目に見えるほどわかりやすく嗤った。
「……ジャ、アアアッッ!!」
耳を劈くような奇声と共に、剣が大きく横に振り抜かれた。
全員大きく距離をとっていたために命中こそしなかったが、発生した突風に堪らず、兵士の何人かはその場で身を固める。
それだけで十分だった。
「——ぁ」
「オア゛ッッッ!!」
動きを止めた兵士のうちの一人の眼前に、驚異的な瞬発力で肉薄し。
気合いのような、聞くに耐えない声を発し。
丸太のように太い剛腕をしならせ、踏み込みの勢いそのままに……呆気に取られた兵士の一人を、文字通り"殴り飛ばした"。
「ダステル!!」
他の兵士の一人が悲鳴のように名を呼ぶ。
しかし返答は無かった。
地面と平行に吹き飛ばされた彼は、弾丸と見紛うほどの速度で家屋の壁に全身を打ち付けていた。そしてピクリとも動こうとしない。
既に事切れていた。
「下がって!」
硬直した空気を破ったのは、場に相応しいとは思えないほど若い女の声。物怖じせず凛と張ったそれは戦いの空気に馴染んだ戦士の声。
次の獲物を見定めていた怪物が、咄嗟に振り返ると同時に大剣を水平に翳す。
それを衝撃の一太刀で跳ね上げ、続けざまに剣を持つ手に
「アアア゛ッ!! グァッ!!」
怪物は苦悶の表情を浮かべ呻き声を漏らしながらも、もう片方の腕で牽制しつつ大きく背後に跳んだ。後背に回っていた騎馬たちの頭上を飛び越えた形だ。
再び集合した彼らは陣形を整え、怪物の腕が再生しきる前に攻撃への備えを取る。
「盾は前へ、魔術師隊は"
老将の指示で騎馬隊は的確に動く。全員馬を降り、金属製の盾が前面に三つほど並び、真正面から怪物とぶつかり合う姿勢をとる。
「お怪我はありませんかな、勇敢な女子よ」
「大丈夫です。それと、私の名前は神裂佐那です」
前が姓ですよ、と刀を片手に日本人特有の説明をする彼女こそ、何を隠そう神裂佐那その人である。
今まで怪物と渡り合っていた——宗治が言う「援軍」の最大の目玉は彼女のことだった。
「ほう……と言うと、殿下が"喚び"寄せたという方々の」
「はい」
「戦いとは無縁だと耳にしておったのですが……いやはや、素晴らしい剣の使い手のようだ」
「大したものでは。先程ししょ……いえ、司郎から"強化"を教わらなければ既に死んでいました」
その言葉は正しい。魔術で補強しなければ彼女の手足は震え、戦闘どころかただ立っているのも難しいだろう。
「私も協力します。時間を稼ぎ、消耗させることを念頭において戦いましょう」
「更に援軍が来る見込みがあると? あるいは、既に手遅れだと?」
老将は怪訝そうに尋ねた。
元々、帝都の戦力はその大部分が出払っていた。ここにいるのは残った僅かな兵の中で即席で動かせた者らであり、本格的な軍勢を期待することは出来なかった。
帝都を預かる老将はそれを誰より理解しているが故に、最低限の兵で、最速で駆け付けたのだ。
だからこそ老将はどこまでも冷静だった。頭のどこかで死を覚悟しているからこそ、佐那が言う「時間稼ぎ」をどちらの意味でとってもそこまで感動しなかった。
ただ、前者であればいいが、と心の中でする意味のない期待を微かに抱く程度で。
……一つ、完全に見落としていることがあるのを除けば。
「前者ですよ、フォブレスター将軍」
「……なんと、儂の名を」
「知ったのはつい先程です。司郎から、あなたが来ると聞いていたので」
その名を改めて聞いた老将、ケーニッヒ・フォブレスターはハッとしたように顔を上げた。
「そうか。今この国には——」
「神器使いがいます。それに、私や私の仲間たちも、本当に微力ながら助勢致します」
彼女の言葉を正確に理解した次の瞬間、前方で雄叫びが上がる。怪物が腕の修復を終え、真っ直ぐに突っ込んでくるところだった。
「盾、構え! "魔術付与"発動、その後は攻撃魔術にて援護! 槍は盾の支援にまわれ!」
ケーニッヒの指示が飛んだ時には既に各々が役目を果たしていた。
後方の魔術師たちが何かを唱え、展開された魔術がその術式の通りに効果をもたらす。
——【
溢れ出した淡い水色の光の粒が、兵士たちや佐那の身体にまとわりつく。その時には怪物は一人目の盾の目前まで迫っており、先程の哀れな兵士と同様に一撃で粉砕せんと大きく剣を振りかぶって、堂々と盾に叩きつけた。
硬質のもの同士がぶつかり合う鈍い音がする。
怪物は理解していた。
目の前の矮小な存在は自分を傷付けることが出来ても殺せはしない。どころか、自分ならば奴らを一撃で殺すことが出来る。
力の差は歴然であり、恐るるに足らないと。
だが。
「————!?」
「うおおおおっ!!」
迎え打った盾兵は一人。
水色の燐光を纏うたった一人が、怪物の剣を止めていた。
そのことに怪物が疑問を抱く間もなく、盾の横から槍が突き出される。持ち前の瞬発力でそれを躱した、が……今度は盾兵が怪物に向けて足を踏み出した。
怪物は理性こそ消えていたが、知性までもが消えたわけではない。
その兵の動きをどうとったか、身体を思い切り捻り、大剣を背後に大きく引き絞った。
「真正面から打ち崩す気?」
佐那が呟くと同時、怪物は走り出す。一歩の踏み込みで最高速に達し、近づいていた兵に切りかかる。
彼は咄嗟に盾を構えたが、そのせいで行動が制限される。
怪物は知っていた。
固められた防御を崩すにはどうすればいいのかを。
「オオ゛オ゛ッ!!」
いやに人間らしい気声を発すると同時に怪物は剣を繰り出す。
——地面を抉りながらの、切り上げ。
「ぐ……あっ!?」
正面から来るとばかり思っていた兵士は意表を突かれつつも寸前で防ぐが、勢い凄まじく襲いかかる剣を無理に受けた衝撃で身体が宙に浮く。そこへ更なる追撃。
振り抜かれた大剣がある一点でピタリと止まる。そして一撃目と同等かそれ以上の加速で打ち出された。
彼の足が地面につくよりも早く。盾の上から二度目の打撃を受け、彼は後方に吹き飛ばされた。
遥か後方で地面を転がる彼は、しかしどうにか生きていた。付与された魔術が打撃の持つ攻撃力の大部分を無効化し、強化された肉体で衝撃を受けた結果だった。
「怯むな! 押し留めよ!」
「おおっ!!」
穴を埋めるようにして別の盾兵が前に出る。
怪物は相手が誰であろうとなりふり構わず、常に最高出力の斬撃とも言えない打撃を放とうとする。
奴の本気の攻撃は、今の通り魔術的に強化された人間でさえものともしない。
であるなら、本気を出させなければいい。
——【
魔術師達はもう一つの術式を発動した。
対象は味方ではなく怪物。複数人で同時に展開した弱体の陣は、幾重にも纏わりついて動きを鈍らせる。
怪物は小賢しいとばかりに剣を振る。
「う、おおおっ!!」
その懐に潜り込んだ盾兵が盾を剣にぶち当てた。
大剣に今までほどのキレはなく、一つの盾で弾き飛ばすことに成功する。だが未だ個々の戦力差は歴然で、弱めたとはいえ勢いを殺しきれず兵もまたよろめく。
好機とばかりに振り返される大剣。秘めたポテンシャルに言わせるがまま無理矢理に迫るその剣は、しかし割って入った別の盾兵に防がれる。
「今です!」
「放て!」
——【
ケーニッヒの号令で、魔術師達は待機させていた術を発動に導く。
両手で持った杖の先端、青く輝く拳大の宝石から白い稲光が瞬き、複数の槍を形取って飛翔する。その槍はどんな弾丸よりも速く、どんな魔術よりも速い。
「ギャアアアアアッッ!!??」
雷の槍をモロにくらった怪物は仰け反り悲鳴をあげる。黒く焦げ付いた表皮——筋肉にもいくらか食い込んでいる——が白煙を上げる。
そこへ合図もなく忍び駆け寄るのは、刀を構えた佐那。無防備になった怪物の身体に深く傷を刻む。
彼女が通りすぎた後で槍隊が前に出、傷だらけの巨体に更なるダメージを与える。何人かが反撃を食らって地面を転がるが、最初と比べれば大分緩慢な動作だ。被害は殆ど無いに等しい。
「止めをさせ」
ケーニッヒは魔術師隊に指示を出す。
物理攻撃ではすぐに再生され、完全に殺しきることが難しい。無限に再生できるとも思えないが現実的とも言い難いだろう。
故に、単発火力が高く目に見えて効果を発揮した魔術を用いる判断を下した。
魔術師達が詠唱を始め、魔力が練られていく。術式が組み立てられ、要素を構成し、世界の法則を書き換える。
怪物は抵抗を試みる。ただやられるだけでいるほど"脳無し"ではない。
だが、ただでさえ刀と槍の二重の攻撃の嵐に晒される中、弱体化の陣の中心で"堅牢"に包まれる彼らを振り払えるだけの力を出すことは流石の怪物にも出来ない。
負傷と再生を繰り返す中、遂に魔術の構築が完了する。
「離れよ!」
ケーニッヒの警告によって兵士たち全員が怪物から距離を取る。連撃が止まる。
怪物は負傷を治そうと試みる。体の中央から徐々に傷が消えて——間に合わない。
——【
炎が滲み出す。
怪物の周囲にいくつもの起点が生じ、紅蓮の炎が凝縮と発散を人間では感知できない速度で繰り返す。
そして内部出力がある程度まで上昇した時、炎の塊は一瞬にして膨張し、エネルギーを指向性の爆発に変えて牙を剥く。
「…………ア…………ガ」
着弾した怪物は大きく後方に飛ばされる。腕も足も胴体も顔も、あらゆる所が爆発の衝撃と高温の炎によって折れ砕かれ焼け爛れている。
正常な生物ならば決して生きていることはないだろう、致命的な負傷であった。
……しかし、だ。
「…………なん、だと?」
「まだ、生きてるっていうのか……?」
老将も兵士たちも目を見開くばかり。
これまで何度か前線に出たことがある者は余計に驚愕する他無い。
そして——それだけでは終わらない。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
これまでとは比較にならないほど強烈な咆哮が放たれる。
「うわっ!?」
「きゃあっ!?」
「ぬぅ……これは、魔力を帯びている?」
ケーニッヒがそれにいち早く気付いた。
同時に悪い予感がして、怪物の方を注視する。
その時、ガラスが割れるような、薄氷が砕けるような甲高い音が響いた。
「我ら複数人の"抑制"を、ああも容易く破るとは!」
魔術師の恨み言はどこ吹く風か、怪物は悠然と立ち上がった。
その身体は、禍々しくも美しい紫紺の光を纏っている。
「傷がっ……いや、それだけではない……あれは、"強化"?」
「……いいえ、違う! 単なる"強化"でアレほどの魔力放射はありえない!」
「……我らの、知らない術式……?」
ルネリットも苦しめた未発見の魔術。怪物が持つのは”魔力炸裂弾”だけではなかった。
「オオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
再びの咆哮。天に向けて己の存在を誇示するかのようで、自らの存在を知らせるかのようで。ケーニッヒは更なる悪い予感に襲われる。
長年の経験が警鐘を鳴らす。手負いの獣を前にした時と同じ、あるいはそれ以上の威圧感と緊張。
こういう時、何が起こるかを老将は身に染みてよく知っている。
「警戒せよ! 何か——来るぞ!」
全員が身構える。怪物のわずかな攻撃の前兆をも見逃すまいと意識をあらゆる角度に向ける。相手が可能だろうおおよそ全ての動作を想定し、何が来ても動けるように。
だから気付けた。
あらゆる可能性を考慮し、左右や背後など、正面以外を警戒していたから。
張り詰めた静寂を切り裂くように、”ソレ”が迫っているのが分かった。
「——上!」
佐那がいち早く警告を発し、全員がはっと上を見上げる。
上空から何かが落ちてくるのが見える。真っすぐ彼女らの方へと近づいてくる。
「退避!」
行動は迅速だった。一時的に警戒よりも回避を優先し後方に下がる。
退避し終えた数秒後、ソレは轟音とともに着弾した。質量が故か勢いが故か、爆発にも似た破壊をもたらす。
「……一体だけではなかったのか」
落ちてきたのは見覚えのあるシルエット。異様に巨大で、二本の腕に二本の脚。そして傍らには人間には持つことすら不可能であろうほど長大な槍。
少しズレた位置の民家に突っ込んだソレは、怪物に酷似していた。
それだけでは終わらない。
続けざまに轟音が連続する。衝撃が遅れて届き、強く風を吹かせる。
押し流すような暴風に堪え、顔を上げた時、彼らは唖然とそれらを眺めることしか出来なかった。
怪物は——四体いた。
地面を勢いよく抉るほどの速度で叩きつけられたにも関わらず外見には何らの変化もないのは、やはり”怪物”が故だろうか。
「……地獄か、ここは」
その小さな呟きは核心を突いているように思えてならなかった。
「……しかし我らがやらねばあるまい。それが、我らが今ここにいる理由なのだから」
老将の心は決まっていた。ここにいる兵士たちが皆そうだ。
勝てる見込みはほぼゼロ。その決意はいっそ悲壮とも言えるもので——
「待って」
——この場で唯一それを持っていない彼女だからこそ、気付く。
「どうかされたか、カンザキ殿?」
「様子が……あの三体、様子が変よ」
その言葉につられて、皆の視線が落下してきた三体の別の怪物に移る。
外見に最初の一体とさほどの違いは見受けられない。強いて言えば髪色や細々とした見た目は違うが、取り立てて騒ぐものでもない。
全く異なると言えるのは持っている武具のみ。一体はあり得ないほど長大な槍。一体は肉厚で重厚な両刃斧。一体は他と比べれば小柄だがそれでも普通より何倍も大きい双剣。どれも自然界にあるには異質で、人が扱うには大きすぎる。
だが、それがどうしたのか。
違いはあれど結局は敵であり、人に害をなす存在であるのに違いはない。
現に、今も緩慢な動作で立ち上がりつつある。全身から白煙と微かに残った電撃を放出しながら、震える四肢をぎこちなく——
「「「……!?」」」
ようやく全員が共通の見解を得た。
そう、よくよく観察してみれば、天より落下してきた三体の怪物は既に攻撃をくらった跡がある。もっと踏み込んだ言い方をするならば、既に”死に体”だと言えなくもない。
怪物も同じことに気付いたらしく、仲間のはずの三体を見渡す。
次の瞬間、弾かれたように空を見上げた。
渦巻く黒雲が空を覆っている。
密度を増し、暗度を増したその中で、いくつもの白光が瞬いては消える。
くぐもった轟音は唸り声。
渦の中心で全てを睥睨する者がある。
今この瞬間、遍く全てがそれを見た。
そして、耳にする。
「【雷槍】」
ただ一言呟かれたのは力ある言葉。
聞こえぬ者はないと言うように、ただ朗々と響き渡る詠唱。地上にいても聞こえてくる。
——雷が、舞い降りる。
さながら龍のようだった。
たった四本の閃光が、あれだけ佐那たちを苦しめた怪物を覆い隠し、乱れ撃つ。死に体の三体にも降りかかり、蹂躙する。
眩い輝きは視界を焼き、
「オオオオオオオァァァァァァ……!」
断末魔。纏わりついた雷は再生する端から肉を削ぎ落とし燃焼させる。再生力を上書きする破滅をもたらし、人智を超えた怪物達でさえ耐えられない苦痛を与える。
まさしく天の怒りの具現と言えた。
実に数十秒という長い雷撃の後、全ての音と光が止んだ世界で目を開いて。
その惨状を目にした時、誰もが言葉を失う。
「……これ、は」
「一体、何が……?」
三体の怪物はもはや立ち上がることさえ不可能だった。四肢がもがれ肉体の再生は遅々として進まず、ただの肉塊としてそこにあった。
唯一、佐那達と攻防を繰り広げていた大剣の怪物のみが雷撃を防いでいた。しかしその手にある剣は大きく白煙を上げ、怪物自身も手酷く焼かれている。
「……あれは」
魔術師の一人が天を見上げ、ぽつりと呟く。
つられて皆が顔を上げると、空を覆う黒雲が
ところどころに隙間が生まれ、地上に光が差し込む。
"彼"が降りてくる。
光を背に受け、空っぽの袖を風に靡かせ、目の前にいる敵をしかと見据えながら。
ゆっくりと、佐那達を庇うように地に降り立つ。
怪物もまた"彼"を見返す。その目が大きく見開かれ、意味があるかもわからない掠れた声が発される。
「……ア……ゥ…………ヅ」
"彼"はそれを聞き何を思ったか。
佐那にはその表情を窺うことは出来なかったが。
小さく、誰かに聞かせるでもなく、ただ一言だけ呟いた。
「……久しぶりだな、シェイブ?」
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