18.残影の目覚め

 古く長き歴史持つ国エルサルド。

 代々の皇帝(賢愚を問わず)により継承されしかつての大帝国の名であり、同時に、今より昔において憎悪と共に語られた名である。


 領土は大陸にある国家の中で頭一つ抜けて広く、人口も多い。領土内には多くの利益と課題を抱えた都市もあるわけだが、その中で政治、経済、軍事その他全ての国家機関の中枢を担う”帝都”ウォレックは特殊な造りをしている。


 上空から眺めるとそれがよくわかる。平原のど真ん中にある街全体は歪な円形をしており、外壁と内壁の二重の壁が全方位をぐるりと囲っている。門は東西南北の主街道に一つずつ合計八つ存在し、それ以外の出入り口はない。

 少し高くされた中央区には主街道の交差地点に広場が設けられ、帝城コロッサスは中央より北西側にズレた位置にある。城自体の防衛機能はさほどではないものの、その巨大さにより膨大な収容能力と権威的象徴の両立を成し遂げている。


 そう、言い換えるならば、この街そのものが一つの巨大すぎる城塞なのだ。


 外壁北側から西側を通って南へと抜ける運河に面していることもあり、城塞都市としてこれ以上ない機能を有し、かつ人口や経済をとって見ても世界有数の大都市。それがウォレックという街だ。




 ◇◇◇




 第一防壁——内壁と称される絶対無敵の城壁に囲まれた中央区西側。

 今日はいつもより街全体が騒がしい。軽い祭りでもしているのかという盛況ぶりだ。街道にはやけに人が出ているし開いている店もいつもより多い。


「随分な賑わいようだなぁ」


 旅装束のリュックを背負った青年はしみじみと呟いた。

 彼はこの国の生まれで、父の仕事に連れられ他国に数年間身を置いていた。そしてつい数日前、ようやく帝都に戻ってきた。

 生まれ故郷に戻ってきたことへの歓喜、だがそれよりも、彼が知っているよりも雰囲気が明るい街の様子に疑問を抱く。


「ここ数年で何か変わったのかもな」

「数年でそんなに変わるもんかな、父さん」


 青年の父は商人だった。それも世の中に出回る魔道具の製作や修理を担う技師であり、帝都の内外にそれなりに名の通っている男である。


「さぁな。おおかた、皇族様か誰かが降りてきてるんじゃないか?」

「それだけでこんなになるかなぁ」

「何だっていいだろ。街が賑わってるのはいいことだ」


 との父の言葉に、彼はそんなものかなと納得を残す。良くも悪くも商人気質な父は彼ほど気にした様子は無さそうだった。


 二人はしばらく歩いて西区にある自分たちの家に戻ってきた。

 家であり店でもあるここは、彼らが他国に渡っている数年間ずっと閉じられたままだった。久しぶりに扉を開けると目に見えて埃が舞う。


「うわっ。あぁ、想像してたけどこりゃひどいや」

「何をするにも掃除からだな。よし手伝え」

「はーい」


 文句を言うでもなく彼は作業に取り掛かった。

 棚や壁、家具など手をつけるべき所は多くあったが、彼は素早く床を拭き椅子と机を綺麗にしてベッドの埃を落としシーツを干した。懐かしの我が家は凄惨な有様だったが、これは何度も行ってきたことで彼にとっても慣れたものだ。

 そうして最低限の生活範囲を落ち着かせた彼は、次はキッチン、次はカウンターとどんどん範囲を広げていく。店舗部分は広すぎるので後で父親と共に掃除するとして、それ以外の必要な部分を凄まじいとさえ言える速度で綺麗にしていく。


「おーい、こっちも手伝ってくれ」


 と、彼が掃除を終わらせた直後、別のところにいた父から声がかかったので外へ出た。大通りに面したそこは工房で、父は基本的に一日中ここにいる。工房自体も多くの埃をかぶり、沢山の魔道具が乱雑に重ね置かれている。


「これ、ずっと放置してたの?」

「ああ、時間がなくてな。そっちは俺がやるからお前はこっち頼む」

「はいはい」


 彼と父は位置を入れ替えて、父は積みあがった魔道具と相対する。

 完成しているもの、まだ途中のもの、旅の途中で見つけて買ったもの……と次から次へと分類し整理していく。


 そんな折。


「……ん?」


 父は、部屋の壁の隅に立てかけられた”ソレ”に気付いた。

 ソレは長方形に近い形をしていて、概形は巨大な剣のようであった。だが全体に包帯のように白い布が巻き付いており中身は見えない。見ているだけで不気味に思えるソレは、ただ静かにそこにある。


「なんだこりゃ」


 男はその魔道具を知らなかった。買った記憶も拾った記憶もない。

 だが男は自らの無頓着さと魔道具に対する熱情が時に見知らぬものを寄せ付けていることを知っている。なので今回も、いつの間にやら買っていたのだろうと気にも留めなかった。


「えーっと……中身は何なんだ? 剣か? ここにあるってことは魔剣か何かか?」


 男は剣に巻き付いている布を剥がしにかかった。

 形から柄だとわかるあたりから切れ端が伸びていたのでそれを解くと、次第に勢いよく中身があらわになっていく。が。

 柄は灰色、鍔も灰色、刃も灰色。石だ。ソレからは生気を感じられない。微かに魔力が発されていることから魔道具の類だとわかるが、標準の品と比べても弱すぎる。


「何だこりゃあ……失敗作か?」


 それは人が持つかどうかも怪しい——成人の中でも相当大柄なはずの男でも両手で抱えるレベルの大きさで、これを振る事はまず想像出来ない。

 だが、まだ生きている。石になり、このような姿に成り果てて尚も生き続けている。

 男は生来の好奇心から、これが何なのかを知りたくなった。

 そして——本当に不幸なことだが——男は、その剣の柄を握ってしまった。


 その瞬間。

 鍔に嵌められた宝石が血色に輝く。

 刃が徐々に色を取り戻し、どす黒く、紅く脈打つ。

 膨大な魔力が勢いよく吹き荒れる。


「——父さん!? 何してるの!?」


 息子の悲鳴は届かない。

 ただ危険な魔力が、暴力の嵐が、破裂寸前まで膨れ上がっていくのみ。

 弾け飛ぶのも時間の問題だった。


「おい、父さん!」

「何をしているの!?」


 その時、二人のものではない鋭い声が飛んだ。

 青年が振り返ると、彼と同い年か少し上くらいの女がいた。ただし、彼が見たことのないほど美しい女だ。

 流れるような金髪に碧い瞳。それなりの服を着れば上流階級の誰にも引けを取らないだろうその美女は、今はその表情を鬼気迫るものに変えていた。


「今すぐそれを離しなさい! 早く!」


 女もまた青年の父に怒鳴る。だが、それもまた届かない。

 ただ、少しだけ変化があった。

 女の声を聞いた父は、そちらの方へとぎこちなく首を回し、


「…………エ……ィ、ガ」


 と微かに呟いて、


 ——爆発した。

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