x1.霞

 朧げに蘇る遠い記憶。

 靄がかかっていた光景が、急速に色を取り戻していく。


『お前、何のためにそんなもん振ってんだ』


「……さぁ」


『おいおい大丈夫か、英雄サマ。お前がそんなんで勝てる戦いかよ』


「俺は問題ない。それに、俺は英雄なんかじゃないし、この戦いには勝ちなんて無い」


『どういう意味かは聞かないでおこう。うるさい奴らも多そうだし、絡まれたくもねぇからな。……お前、本当に大丈夫か?』


「……ああ」


『……そうか。ならいいんだが』


「すまんな」


『何故謝る?』


「……さぁ?」


『重症だな』


「そうかもしれん」


『自覚あるなら休めやボケ』


「俺が休んで世界が変わるなら、いくらでもそうしよう」


『テキトーに動いてたって変わりゃしねぇよ、そんなもん』


「…………」


『お前が重いもん背負ってるのはわかってるがよ、今だけでも休んどけ。どうせまたすぐ出ることになる』


「……すまん」


『いいさ。お前が頑固なのは昔からだ』


「…………」


『……なぁ』


「なんだ」


『お前は……この時代の先に世界が変わらなかったとしても、その為にどれだけの代償が必要でも、そうやっていられるのか?』


「……わからんな。お前は?」


『俺は無理だ。この道の先が未来に繋がっている、未来にはもっと希望がある……そうやって誤魔化し続けないと、やってられんよ』


「……そう、か」


『お前は違うのか?』


「俺は……多分、根本的に見方が違う」


『見方?』


「俺は、未来に生きている自分自身を想像できない」


『…………』


「何をやっても絶望するしかない世界になんて生きたくもない。だが希望に満ちた世界なんて俺は知らない。この先にそのどちらが待ち受けているのかもわからない。行き着く前にくたばる方がよっぽど現実的だ」


『……そりゃあ、そうだが』


「ただ、一つだけ確実に言えることならある。たった一つだけだが」


『それは?』


「例え未来に絶望があろうが、それでも俺は戦い続けるだろうってことだ」


『…………』


「ハッキリ言う。俺は未来になんて期待していない。人間の醜さは嫌ほど見てきた——今も見続けている。戦争は終わる気配もなし、敵も味方も誰彼構わず殺し合い続けている」


『否定は……言うまでもないか』


「する必要もない」


『こんな時代だからこそ俺らみたいな奴らが食っていけるってのは、とんでもねぇ皮肉だがな』


「……ああ。酷い話だ。この状況が嫌で嫌で堪らなくて抗っているはずなのに、結局何が起ころうと何も変わらないんだ。そして結局、何をするでもなく諦めるだけ」


『じゃあ何故お前は剣を振るんだ。昔はあんだけ殺しも争いも嫌だと言ってたお前が、どうして希望もないような未来のために命を懸けられるっていうんだ?』


「……未来のためなんかじゃないさ」


『……あん?』


「俺はただ……夢を見てるだけだ」


『夢?』


「ああ。ちっぽけな、青臭い夢だ。安っぽいけどな、俺が戦うのは今までも今も、きっと未来もそのためだ」


『どんな夢だ』


「…………」


『笑いなんてしねぇよ。今のお前がいきなり夢だなんて言い出すから驚いてるだけだ』


「なんだそりゃ」


『いいから教えろよ』


「……守りたいんだ」


『守る? 何を? 他人だれかの命か?』


「まさか。他人を守って自分が死ぬんじゃ意味がない」


『だよな。で?』


「……実はな、最初は俺もそう思っていたんだ。"神器こんなもの"を押し付けられた身だ、なまじ力だけならある」


『最初は、ね』


「ああ、最初はだ。俺は確かに”神器使い"だが、神そのものじゃない。ましてや万能でもない。全てを守り抜くなんて、出来ない」


『ああ、当たり前だな』


「……でも、だ。確かに俺の未来に希望は無いし、期待もできない。でも、俺にだって愛しいと思えるものはある。かけがえのないと思える人がいる。そいつらが望む未来なら、俺は守りたいと思えたんだ」


『…………』


「……守れていたなら……どんなによかっただろうなぁ」


『もういい。悪かった』


「謝る必要なんてない。……秘密にしといてくれ。まだ誰にも言ってねえんだ」


『肝に銘じとく。でもよ』


「?」


『それじゃお前……救われなさすぎるぞ』


「……今更、救われようなんて思わない」


『お前にとって絶望に満ちたこの世界で、自分の命を懸けて、仲間だれかの未来を守る……一番厳しい道だな』


「そうだな。でももし、もし俺がこの先を生き残って、その未来とやらに辿り着いてしまったとしたら……そこで、同じように愛しいと思える何かを見つけられたなら……俺は、その為なら何を切り捨てても構わない」


『……本気、か』


「どっちにしろただのエゴさ。俺の自分勝手な願望だよ」


『ふん、別にいいだろ。ここで不平等だの利己的だの言う奴は何もわかっちゃいねぇ馬鹿だ。俺が保証してやる』


「んな保証いらねえよ」


『…………』


「……どうした、急に黙り込んで」


『……ありがとうな』


「は?」


『俺たちが生きてるのはお前のおかげなんだ、礼の一つくらいいいだろ』


「だからなんだよ急に」


『素直じゃねえな。お前のその"自分勝手"が俺やそれ以外の多くの命を守ったって言ってんだよ』


「…………」


『確かに失っちまうものもある。守るために犠牲にしなきゃならない時の方が多いんだ。でも、そのおかげで守られてるもんだって、確かにある。お前は胸を張っていい』


「…………」


『だから、ありがとうな。……死ぬなよ』


 後に彼は後悔する。

 その場を去る大きな背中に声を掛けなかったことを。

 そして——


 自分に向けられたその言葉を、完全否定できなかったことを。

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