7.開かれた扉
こつ、こつ、こつ。
硬いもの同士が当たる音が響く。
単一ではなく多数、それも、何度も壁や天井に反響する。
「ここって、地下、よね」
「だろうな。さっきの部屋もここも窓が一つもない」
「仰る通りです」
緻密に組まれた石畳の床を、一歩踏み出す度に反響音を生み出しながら彼らは歩く。
その足取りは軽すぎず、重すぎず。"未知"を警戒しつつも、興味を隠そうとはしない。どれだけ殺風景な光景でも、彼らにとっては奇異なものだ。
物珍しげに視線を移している内に、彼らの前には上階へと続く石階段が現れ、先導するルネリットはそれを上る。司郎たちも彼女に続く。
「結構、急な階段ね」
「どうしました? もう疲れたんですか相良センセ」
「後で覚えときなさい藪雨君」
階段を上りきった先には木製の扉があり、ルネリットが近づくとひとりでに開いた。
彼女は扉の向こうにいた二人の門番に小さく礼をし、そのまま出る。司郎たちもそれを真似て礼をしながら扉を通った。
「……ワァ」
「綺麗……」
「太陽の位置から見て、今はお昼か。僕たちは朝早くに教室にいたはずだから、だいぶ時間の進みが違うみたいだね」
彼らはその光景に圧倒された。
廊下、なのだろう。とても天井が高く、見上げるほど巨大で大量の窓ガラスから差し込む真っ直ぐな光が全体を強く照らし出している。反対側にはいくつもの扉もある。
彼らの想像以上に、この城は大きいようであった。
「……やっぱすげえよなぁ」
一番の驚嘆を言葉にしたのは宗治だった。
「何が?」
と飛鳥が尋ねれば、彼は答える。
「いや、よく考えてみろよ。ここは現役の城、つまり防御要塞なんだろ? しかもこれだけデカイとなれば、作るのにも維持するのにもとんでもない金と時間、それに労力が必要なはずだ。そんなに新しいものでも無いだろうし、きっととんでもない執念の結果なんだろうなと思ってよ」
「そう言えば日本と違って、ここが首都なんだっけ」
「はい。我が国には、ここ以外にもあと何箇所か要塞や砦が存在します。ここほど大きくはありませんが」
なるほど確かに、日本に現存する文化遺産・観光名所のようなものではなく、今でも現役で使用されているわけであるから、彼らの想像できる以上にその労苦は大きいのかもしれない。
「ニッポンの”城”とイウより、ワタシの故郷にあるような”砦”や”要塞”に近い印象を受けますネ」
「確かに現代人の私たちにはわからないこともあるかもね。私たちはあれを実用的な要塞とは見ないわ。象徴のようなものよ」
「その点は今も昔も変わらないでしょ。人間が考えることなんだから」
ガラスの回廊を渡りきり、またいくつかの廊下と扉を通ると、いつの間にやら彼らは城の端まで足を運んでいた。
円柱状の尖塔の底部らしく、見上げれば、上階へ続く長い螺旋階段が設けられている。
だがルネリットはそちらに目もくれず、階段の裏側、木箱や荷物が山と積まれた何もないはずの空間に近づいた。
「なるほど、古典的だが効果的だな」
「何が?」
「多分すぐわかるさ」
宗治は彼女の意図を正確に理解し納得の声を上げる。
ほどなくして、彼らがやってきた通路から、もう二つほど足音が聞こえて来る。同時に、細かい金属同士が軽く当たるような音もだ。
振り向けば、金属製の甲冑を身につけた、見るからに兵士のような格好の男二人が歩いてきていた。
「あーいうの見るとやっぱりここ異世界なんだねって」
「思わざるを得ないわね」
飛鳥と佐那のやりとりに全員が内心で同意しながら、彼らはことの進行を見守る。
兵士たちは階段裏にあった荷物を全て運び出す。その末に彼らは気付いた。床の一部分が木で出来ており、金属の取手が付いていることに。
つまり。
「隠し扉か……」
「極めて秘匿性の高い代物ですから」
「それだけヤバイもののために俺たちは呼ばれたわけか。ますます嫌になってきた」
兵士たちが二人がかりで持ち上げると、不安になるほど大きな軋みを上げて扉は開く。
小さな土埃と共に明かりも何もない石段が現れ、ルネリットはいつの間にか持っていた蝋燭でその先を照らす。
「足元にお気を付けて」
と注意を促してから、彼女はまた先頭に立って歩いて行く。司郎たちも後に続き、後ろに視線を移すと、護衛の兵士もついて来る。
真っ暗でかつ必要最低限の広さしかない階段は異様に不気味で、ほんの少しだけ湿気を孕んだ、ひんやりとした絶妙に気持ち悪い空気が肌を撫でる。
男連中はそこまで気にしていないが、女性陣は特に嫌そうな顔をしている。
「空気清浄機欲しい……」
「
「無くなって初めてわかる物の大切さね」
「大げさな」
やがて石段が終わり、少し広めのスペースに出る。ルネリットと護衛二人は備え付けの燭台に一つ一つ火を移していく。
彼らの視界の先に、火の光で照らされた両開きの扉が見えた。
「ここは……?」
「宝物庫です」
「こんな簡単に来れていいのか宝物庫……」
「普段は誰も入れませんので」
そういう問題ではないような、と思いつつも、彼らは黙って扉を見上げた。
彼らの身長の三倍はあろうという巨大な扉。木製であること以外に他の扉と共通点が見受けられない。彫刻か何かで大きな樹の絵が描かれており、地下にあるには荘厳すぎる。
まるで何かを祀り称えるような。
「この絵は、何か意味があるんデスカ?」
「"千年樹"と呼ばれています。ひとたび地に根を下ろせば、千年以上の永き時を生きる大樹。言わば"神の木"だと。伝説上の植物ですが、かつてはこの地に溢れていたとされています」
「浪漫ねぇ」
護衛の男たちは二人がかりで片方ずつ扉に手をかけ、強く手前に引く。それほどの大質量を動かすためには一体どれほどの力が必要なのか見当もつかないが、やがてゆっくりと、立っているだけでわかるほどの振動とともに開いてゆく。
司郎はその光景を、どんな魔法の所業なのかと興味深く見ていた。そしてその扉が開く先にどのような光景が待っているのか、注意深く見続けていた。
「——!?」
そして、扉の接合部が、僅かに開いた時。
彼は、部屋の奥から流れ込む空気に圧倒された。
思わず軽く片手で顔を覆う。
(…………何、だ?)
嫌な汗が背を伝う。
頭が困惑と疑問に塗り潰される。
かつてないほどの威圧感と不快感。
(……風?)
彼は理解している。こんな場所で風が吹くはずがないということぐらいは。
窓一つない、地下の、それほど広くない空間で、扉が開いただけで大きく空気が流れるはずはない。それはきっと彼の錯覚。現に彼以外はまるで変化がない。
だが彼は確かに感じた。目前から背後へと吹き抜けていく粘着質な風を、それに乗ってやってくる重い「何か」を。
彼が謎の感覚と格闘している最中にも、扉は開かれていく。
そして開き切った扉の先に、彼らは見た。
「……はぁー……」
「すっご」
「おおおおぉぉぉぉ……!」
上、右、左。どこを見ても、棚。
木で形作られた棚に整然と並べ立てかけられた、剣や、槍や、数多の武具。
中には指輪や、法衣や、鎧まで。そのどれもが色とりどりの輝きを放ち、輝く。
そしてその中央に、まるでそれらに守られるように、突き立ち鎮座する輝きのない剣。
「……あれが”神器”。かつて我らを守り給い、今も見続けておられます」
彼らの前に姿を現したもの、それは。
”神話”以外の何物でもない。
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