5.懇願

「今、皆様方がいらっしゃるここコロッサス城を中心とする都市"ウォレック"、それを首都とする我が国"エルサルド帝国"は、"アリューシア大陸"に存在する11の国の一つです。大陸南西部に位置し、交易や物流といった商業が盛んな国です」


 ルネリットはそんな風に、国の風土や特色についてから語り出した。


「国土は西はアール川、東はヒュノプス平野までに広がっており、北へ行けばノドン大剣山があります。皆様がきっと見たこともないような光景のはずです。国内にも川や平野が多く、農産物の生産や物の輸送に適しています。民たちも富裕層が多く、豊かな生活を送れています」


 そう説明するルネリットの顔は明るく、自分の国に対し相当な思い入れと深い愛情があることを容易に想像させる。


「もっと言いますと、国内で一番盛んなのは金属加工業と食品開発業です。北のノドン大剣山の麓やその周辺の山脈からは良質な金属が多量に産出し、川を通る船による輸送は大量に物を運ぶことが可能でした。そして南側は平野が多く、北側は丘陵地帯や盆地が多いため、多種多様な食物があるんですよ」


 語るのはいいが、中々止まろうとしないルネリットを見て視線を交わらせた七人。その表情を見てとったルネリットは謝罪し苦笑を漏らす。


「……すみません、関係のない話ばかりで」


 彼女は恥じるような笑いと共に視線を落とす。そしてもう一度顔を上げた時には、彼女の顔には、先ほどの嬉しそうな慈愛に満ちた表情はどこにもなかった。


「……今お話しした通り、我が国は元々、とても豊かな国でした。皆が皆、何の問題もなくというわけではありませんが、少なくとも平穏無事に暮らしていました。……数ヶ月前までは、そうだったのです」


 顔を上げたルネリットの表情は、どこまでも暗かった。辛そうで、苦しそうでもあった。


「国内には、"魔境まきょう"と呼ばれる一帯があります。我が国のみならず、他の10の国にもです。そう名付けられたのはごく最近だそうですが、私が生まれた頃からずっとそう呼ばれています。世の理が乱れ、魔獣まじゅうが闊歩し、幾千もの骸が山と積まれるという異端の地が」


 彼女の顔はどんどん暗くなっていく。視線を動かして見れば、側近らしき鎧兜を身につけた男性らや給仕の女性らも、その心をおもんぱかってか暗い顔をしている。


「数ヶ月——正しくは四ヶ月と二週間前のことでした。魔境の活動、と言っていいのか。そこから出でて被害をもたらす魔獣や、環境変化といった活動が急激に活発になったのです。前例のないことです」

「"魔境"……ね」


 いかにも胡散臭そうに達哉は小さく呟く。

 心境で言えば、彼ら全員が全く同じ気持ちを共有していた。胡散臭いというより、話に付いていけないのだ。馴染みのない単語や名前、見たこともない現象を述べられても、同意することは簡単ではない。

 だが彼女は恐らく、それをわかった上で話をしていると感じられた。そしてだからこそ、その顔を極限まで苦悩に歪めているとも彼らには思われた。なので、取り敢えずだが話を最後まで聞くことにした。


「皆様がお住まいだった世界に同じような場所があったかはわかりませんが、魔境による被害は元々から年に数回ほど発生していました。しかし、最近は一ヶ月のうちに何十件も……今月も、既に30件以上は確認されています」

「あの、質問いいかしら?」


 と、ここでルネリットに声を掛けたのは、司郎たちの担任である巴だった。


「はい、何でしょうか」

「その話を私たちにする理由はきっと後で話してくれるだろうから聞かないけど、貴女の言う"被害"って具体的にどういったものなの?」


 巴の問いに、ルネリットは静かに答えた。

 だが冷静を保つように話していても、その奥底に隠れた痛みは消えない。


「……種類にもよりますが、大抵の場合、住居や建造物などは倒壊します。また、南部の穀倉地帯付近では、農作物が打撃を受けました。備蓄してあったものから、収穫前のものまで」

「……それって、国がひっくり返ってもおかしくないんじゃ……」


 飛鳥の思わずといった呟きに、ルネリットは重苦しく頷いた。


「その通りです。幸い、まだ多少の余力は残されていますが、このまま続けばいつ蓄えがなくなるかもわかりません。土地ですら失陥しつつあるのです、いつ破綻するか……」

逼迫ひっぱくしすぎてるな……」


 宗治のため息にも似た言葉は全員の心の代弁でもあった。


「……何も、出来なかったの? だから僕らを喚んだ?」

「……そうです。その認識で間違っていません。お願いします。私たちにお力を、お貸し頂けませんか」


 達哉の問いにも彼女は肯定を返し、剰えその頭をも下げた。願い、祈るように。

 そして司郎たちは視線を交わし、次いで首を微かに捻る。


 ——"何故?"


「……答えを返す前に、俺からも一ついいか。どうしてだ? どうして俺たちじゃなきゃならなかった?」


 その問いを受けて、ルネリットはゆっくりと頭を上げた。

 その、うっすらと涙さえも浮かんでいる顔で、全員を見回し、ゆっくりと話し出す。


「……私たちが皆様をここに喚ぶことが出来たのは、私たち自身の力ではありません。この、"聖具"と呼ばれる道具の力なのです」


 ルネリットは自らの首に手をやり、身につけていたペンダントを掌にのせ、彼らが見やすいように差し出す。

 すると突然、そのペンダントはにわかに光を放ち出した。チェーンの先についた黒紅の宝石からまるで伝播するように、深みのある暗紫の光が零れる。

 その光景は彼らの心に正しく"神秘"を思い浮かばせ、同時にこれが、何か神聖なものであると感じさせた。


「この聖具は名を"次元の門ディメンショナルゲート"といいます。この力をお借りして皆様をここにお喚びしました。条件は一つだけ、"神器じんぎを扱うことのできる者"」


 選んだのは人間ではなく道具である——と、彼女は言外に弁明している。

 それは単なる事実の隠蔽にすぎないが、そうまでしなければならない切羽詰まった状況であることの裏付けとも取れるか、と司郎は脳内で呟く。

 果たして、そんなに冷静でいられる状況なのかもわからないが。


「ジンギ……って、何デス? 強そうな名前ですケド」

「神器とは、その名の通り神の如き力を扱うための武具。しかしそれ故に、神器は使用者を自ら選ぶのです」

「なるほどつまり勇者の剣みたいなもんか。ざっくり言えば、あんたが言いたいのはつまり……"この中から仲間外れを一人選べ"と、こんなとこか」


 宗治の言い方はあまり褒められたものではないが、それはある意味で言い得て妙だった。そして恐らく、それはそのままの意味も持つ。

 ルネリットは申し訳なさそうに、しかしせめてもの意地なのだろうか、あくまで凛として頷き、首を垂れた。


「はい。お願いします。どうか私たちに、そのお力をお貸し下さい」

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