4.歓迎
司郎たちは招かれるままに少女の後ろについて行き、ある一室に通された。
その部屋は先ほど彼らのいた部屋と造りはさほど変わらず、材質、光源に至るまでほぼ同じだった。
しかし決定的に異なったのは、その部屋が驚くほどに大きく、またその中央にこれまた無駄に大きい長机と数多くの椅子が置かれていたことだ。
「どうぞ、お好きな席へお掛け下さい」
ここまで先導してきたドレス姿の少女は笑顔でそう言う。
しかし、言われるのは良いが、司郎たちは色々な意味で困惑し続けていた。
(おい、どうする)
(どうするって、座ればいいでしょ)
(いやそうじゃねーよ。確かにここまで来た以上はそうするしかねーけど。……こんな豪華な席とは思わねーじゃん)
宗治と達哉は誰にも聞こえないように小さく言葉を交わし合う。
宗治の言う通り、長机に敷かれたテーブルクロスから、天井にぶら下がったシャンデリア、壁や棚に置かれた調度品の数々、果ては椅子一つ一つの作りまで、細部までとことん拘った作りの深さが窺える。
深さはそのまま、耐性のない彼らにとって過度の威圧のように感じられ、座るのを躊躇ったのだった。見れば女性陣も静かに息を呑んでいることから、同じような見解を持っているだろう。しかしそんな彼らの中で、一切物怖じせず行動を起こした存在が二つ。
「……? どうしたお前ら」
「ミナサンも早く座りましょうよ」
それは司郎と、クリスティアだった。
「……いや、お前ら、慣れるの早くね?」
「いや、普通だろ」
「座って良いと言われてるんデスから」
「……ええい、ままよ」
躊躇していた自分がアホらしくなった宗治は、もうどうにでもなれとばかりにクリスティアの隣に座った。
それに他の四人も続き、宗治の隣に達哉が、向かい側に飛鳥、佐那、相良が座った。
「……では、少々お待ち下さい」
全員が座ったと同時に少女もまた座り、手元に置かれていたベルを鳴らした。
どうやらそれは呼び鈴だったようで、音が発された瞬間に扉が開けられ、次々と料理が運ばれてくる。
「……うっ、おぉ……」
「なんて豪勢なの……」
「こんなの生まれて初めて見たよ」
皆、感嘆の声を上げる。
それもそのはず、机に所狭しと並べられた食事は"豪勢"。この一言に尽きる。
少なくとも学生(と教師)七人に対し振る舞う量ではない。彼らの二食分はあろうか。
「さ、遠慮せずどうぞ」
彼らが驚いて固まったことを遠慮と勘違いしたらしい少女は、笑顔で料理を勧めてくる。
「……て言っても、俺ら飯食ってきたばっかじゃ」
「イタダキマ〜ス!!」
「あれ、クリスティアさんはそうでもないっぽい?」
「昨日は夕飯も食べずにアニメ見てマシタ! 気が付いたら朝ダッタので急いで来ました! よって朝食も無かったデス!」
「胸張って言うことじゃねえだろ」
「……て、佐那っちと先生も?」
「分からないけど、少しお腹空いちゃって」
「朝ちょっと色々あって、ご飯食べて来なかったのよね」
七人の内三人が、全て食い尽くさんばかりの勢いで食べ始めたのを見て、残り四人も顔を見合わせる。
「そういえば、なんか腹が減ってる気が」
「はぁ? 朝食って来たんだろ?」
「いや、そのはずなんだが……何でだ? まあいいや。いただきます」
「じゃあ僕も」
「私もー」
細かい事は気にするなとばかりに、三人は四人と同じように料理に食らい付いた。
ただ一人、司郎だけが手を伸ばさなかった。彼はそこまで空腹ではなかった。
「……美味い」
「うん、普通に美味しい」
「太りそうだけど……でも止められないわ」
皆からの評価は上々なようで、美味しいらしい。しかし司郎は食べたいとは思わなかった。純粋に満腹だった。
仕方がないので、腹が空くのを待ちながら皆が食べるのを観察することにした。
「……あう、ベトベトです……」
すると、彼は隣で鶏肉と悪戦苦闘しているクリスティアを見つけた。
箸が無いので、彼女は素手で鳥のもも肉らしきものを持ちながら食べていた。
「クリスティアさん、これ」
「……? 何デスか、これは?」
「ハルマベリーの葉っぱ。これを……」
司郎は皿から取った、薄い幅広の葉を鶏肉の出っ張っている所に器用に巻いた。
「ほら、そこを握って。そうすれば普通に食べられる」
「わぁ、ありがとうゴザイマス!」
司郎にお礼を言うと、クリスティアはまた肉を頬張り頬を緩ませる。
それをボーッと眺めていると、少女から声を掛けられる。
「あの、よくご存知でしたね。それがハルマベリーの葉だと」
「……そういや、何で分かったんだ? てか"ハルマベリー"って何?」
「ハルマベリーは高山植物の一種で、実も美味しいですが葉も栄養満点であることで有名です。今のように肉に巻くと、より旨味を引き出せますよ」
司郎は固まった。説明は右耳から左耳へ抜けていた。そんなことよりも、頭の中は一つの疑問に埋め尽くされる。
何故、そう、"何故"。
今、自分は何をした? 何を言った?
考える時間もなかった。ただ気付けば、行動に移していた。何故?
強烈な違和感が彼を襲う。
「おーい、司郎。どれがそのハルマベリーとやらだ? これか?」
「……? あぁ、違う違う。そりゃパロットだ、ハルマベリーはこれ…………?」
「お、サンキュ。……どした?」
「いや……なんでもない」
どうにかそれだけ返して、司郎は手を引っ込める。
もはや何がなんだかわからない。自分が何故そんなことを知っているのか、何故こうまで違和感があるのか。彼にそんな心当たりはまるでない。
グルグルと回る思考の果てに、彼は"もうどうでもいいや"と放棄した。きっと、悩んでも答えは出ないだろうから。少なくともそうやって割り切れるだけマシに思えた。
彼が我に帰って顔を上げると、皆の手は止まっていた。全員満腹になったらしい。見れば、料理のほぼ全てを平らげたようだ。
「……よく入ったな、そんなに」
「いやだって、美味えもんよ」
「そうデス。お腹空いてましたし。シロウさんも食べればよかったノニ」
「俺は、腹減ってないから」
「うーん……太らないよね」
反応はどうあれ満足したらしく、皆が皆満足そうな表情でいる。
すると、ここまで彼らを導き、料理まで振る舞ってくれた少女が改まった態度で口を開いた。
「……では改めまして。よくぞいらっしゃいました、異界の方々。突然の無礼をお許し下さい」
「……そうだった」
どうやら宗治は食事に夢中ですっかりその事実を忘れていたようだ。司郎は彼の脳天気が今だけは羨ましかった。
「話を進める前に、自己紹介をさせて頂きます。私は、ルネリット・フォン・エルサルドと申します。以後お見知り置きを」
席から立ち上がり、可憐な仕草で礼をした彼女は、司郎たちと同年代か少し下であるにも関わらず美しかった。
彼らは顔を見合わせ、こちらも自己紹介をすることにした。
「えっと、俺は雷電司郎。でこっちが……」
「クリスティア・アルマームとその一味デス!」
「おい括んな。えーと、藪雨宗治だ」
「
「……え、あ、片桐飛鳥です。よろしく」
「神裂佐那です、よろしくね」
「相良
七者七様の自己紹介を見たルネリットの反応は、笑顔。
「……うふふ、楽しそうですね。その、私が申し上げるのもなんですが、混乱していないのですか?」
「混乱はしてる。でもだからって絶望するにはまだ早い」
司郎は静かにそう告げる。
「教えてくれ。ここはどこで、君は何で、どうして俺たちがここに来ることになったのか」
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