第1735話 近づく者達の気配

 天狗たちの首領である『帝楽智』によって、鬼人族の集落へと一斉に天狗達が飛び立った。


天従十二将てんじゅうじゅうにしょう』の五体に加えて最低限の見張りを除いた天狗達が、一斉に飛翔する姿は非常に壮観たるものであった。


 当然に中腹付近に居た他の種族の妖魔や、禁止区域に居る主だった妖魔達も『天狗』たちが動いた事で何かあると感じたようであり、巻き込まれるのは御免だとばかりに離れる者や、逆に物珍しさに近づこうとする者達も居たようであった。


 ――そしてそんな傍観者たちに目もくれず、天魔の号令に必死に『鬼人族』達へと向かう天狗達であった。


 ……

 ……

 ……


 鬼人達の集落で星空を見上げていたイツキだったが、まだその視界には捉える事は出来てはいないが、こちらに向かって一気に迫ってくる天狗達の『魔力』に気づき、傍に居たユウゲと共にソフィ達の居る建物中へとひた走るのだった。


 そしてイツキ達が建物の中に入ると、仲良く酒を酌み交わしていた筈のソフィ達が立ち上がっており、その顔を見るにすでにいつでも戦闘態勢に入れるような状態をしているのだった。


 イツキ達が血相を変えて入ってきた事を知ったソフィは、彼らに向けて口を開いた。


「どうやら大勢の客がこちらに向かってきたようだな」


「あ、ああ……。まだその姿は視界に捉えられてはいねぇが、数えるのも億劫な程の数の膨大な魔力を持った連中がこちらに向かってきているようだ。しかしまぁ、俺が報告を行う必要はなかったみてぇだな……」


 ソフィやヌーだけではなく、妖魔退魔師の連中や妖魔召士の両名も戦闘の準備を整えているところを見て、ここに居る者達の全員が、厄介な連中だったなと改めて思い直したようであった。


「おい、ソフィ! 奴らがどういうつもりでここに向かってきているかは知らねぇがよ、まだ姿を見せない今の内にこの辺り全域に『死の結界アブソ・マギア・フィールド』でも施しておいた方がいいんじゃねぇか?」


 そのヌーの言葉はこの集落に居る鬼人族の安全を慮ったというわけではなく、あくまで自分達に対しての攻撃を未然に防ごうとしての発言だったようであるが、戦争に慣れた彼であれば当然の言葉といえるためにソフィは少しだけ逡巡する様子を見せた。


「うむ……。だが、事情も分からぬ内にこの集落全域に『魔力吸収の地アブソ・マギア・フィールド』を展開するには、些かやりすぎだと我は思うのでな。まずは奴らがどういうつもりなのかを知るのが先決だ。ひとまずはこのまま様子を見ようではないか」


「ちっ! いつもの事だが、てめぇは考え方が甘いんだよ。まぁ、お前にしてみれば相手が何で誰であろうと何の脅威も感じられねぇんだろうから仕方ねぇだろうが、俺は巻き添えを受けるのは御免なんでな、悪いが勝手に自衛は図らせてもらうぞ?」


 ソフィの言葉に頷くでもなく、またこの場に居るエイジ達やミスズ達、それに鬼人族達の安全を考えるでもなく、あくまで自分とテアだけを守るために小規模の『結界』を集落の一部に張った様子であった。


「うむ、勝手にするがよい。では玉稿殿……」


「あ、ああ……。しかし儂もこの集落の族長だ。ソフィ殿達と共に様子を見に行かせてもらうぞ」


 宴会を行ってくれていた玉稿に断りを入れて外へ向かおうとしていたソフィだったが、その玉稿についていくと告げられて仕方なく頷くソフィであった。


「では、行くとしようか」


 ソフィはシゲンやミスズ、それにゲンロクやエイジ達を見回しながらそう告げるのだった。


「は、はい……! 直ぐに向かいましょう」


 魔力感知や魔力探知などを行えないミスズ達は、唐突にソフィやヌーが酒を呑む手を止めて、部屋の中で同じ方角の方を見始めた時に、ようやく何かが近づいているのだと知った様子だが、すでにこの場に何者達かが近づいてきているという気配は探れたようで、ソフィの向かおうという言葉に一番最初に返事をするミスズであった。


(これだけ一斉に大規模な『天狗』の襲撃を行うという事は、間違いなく『天魔』である『帝楽智』殿の指示で間違いないだろう。しかし彼女がこのような命令を出すとは、一体何を考えての事だろうか……?)


 そして妖魔召士のエイジはソフィの言葉に頷きながらも、こちらに向かってくる大勢の者達が『天狗』であることを理解した上で、その命令を出した者の事を考え始めるのだった。

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